2016年01月23日

地球の声を聞く「アースタロット」2回目

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エコロジーオンラインにて始まりました新連載
地球の声を聞く「アースタロット」2回目は、
世界中が暑い意味をタロットに聞きました。

地球が何か訴えたいことがあるのだろうな〜というのは、
きっと人間みんなが感じていると思うのですが、
その内容のニュアンスが、
予想とはちょっと違っていておもしろかったです。

地球って、ほんとうにタフでかわいい!

よかったらチェックしてみてください

<アースタロット>地球はもっともっと人間と遊びたがっている!




posted by R (あーる) at 20:09| Comment(0) | タロットリーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月12日

エコロジーオンラインにて「アースタロット」新連載

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昨夜の新月よりEcology Online エコロジーオンライン
新しく作られたカルチャーコーナーにて、
「アースタロット」という連載をはじめさせていただくことになりました。

そうなんです!ここでは普段とちがって、
人間のエネルギーではなく、
地球のエネルギーをタロットに降ろして聞くという
斬新な企画なんです(´∀`*)♪

初回は、とりあえず地球のエネルギーが
なにか根本的なことを言いたいらしかったので、
それを聞いて書きました。

地球って、わたしたちが思っているのとは
ちょっと違うみたい。人間との関係性も意外でした。

その驚きはけっこう大きくて、
私はこのリーディングをして以来、
毎日地球のことを何度も考えてしまいます。


地球の声を聞くという新しい試みの新連載、
よかったらチェックしてみてください。

地球がおもしろいこと言ってます。                   
<アースタロット>地球と人間のエネルギーが一体化することで素晴らしい躍動感が生まれる





posted by R (あーる) at 01:07| Comment(0) | タロットリーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

衝撃の本「ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ」

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佐々木 典士
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札幌から東京に戻ってきて、
とにかく物が溢れ帰っていた。
できるだけ捨ててきたつもりなのに
確実に、前にここに住んでいたときよりも
物がある状態。
こんなことで人はクサクサしてしまうものなのだな。
とにかく、すっきりしないと人生始まらないという感じ。

10月は、とにかく手早くすっきりさせたかったので
book offに売ったり、
下北のアンティーク屋さんに売りに行ったり、
トレジャーハントに服を何度も売ったり、
ヤフオクで売ったり、
Facebookでみなさんに買ってもらったり、
もったいなかったけど布団は粗大ごみに出したりした。

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斎藤一人流 すべてうまくいくそうじ力 [DVD+CD付]
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それでもまだ家は混沌状態で、
どうにかしなくちゃいけない気がした。
でも、これ以上どうやったらいいのかわからず悶々としていたとき、
斉藤一人さんという人のお弟子さんが書いた本の中で、

「ものは捨てなきゃだめだよ、健康にかかわるよ」
「もったいないからって捨てないで健康を害するなんてもっともったいない」

というようなことを斉藤一人さんが言っているのを読んで、
そんなこともあるかもね〜と思っていたことをハッキリいわれ、おおお!!と思った。

でもそれよりも、

ものはもったいないとか思わないで使っていないならば捨てたっていいんだ、

と書かれていた事の方がもっと衝撃的だった!

もったいなくて、とくに昔から代々使われてきた物は美しくて素敵だが、でも使っていないのにキープし続けなくてはいけないことが心の負担になっていた。
でも、捨てていいんだ!
親不孝とか、リサイクルとか考えないで捨てていいんだって!
だって捨てなかったら病気になるかもしれないんだから。
だけど、こんなふうな凝ったアンティークは一度捨てたら二度と手に入らないかもしれないのに?…


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などと、せっかく振り切れそうだったのに、イマイチ思い切りが悪かったところに
ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -という本が!

これは最大限にまで自分の持ち物を減らした人が書いた本。
写真が載っているけど、ほんとに何にも無い。
ベッドも、机も、棚も、置物も、テレビも、服だってクローゼットに5枚くらいかかっているだけ。

なんてステキなんだろう!と思った。
なんて自由なんだろう!

この作者がいうには、
「増えすぎたモノはあなたのエネルギーを奪う」って。
物が私たちに「いつ手をつけてくれるのさ?」とか話しかけて来て、
それで私たちは疲れちゃうんだって。
たしかに!!
それで私は毎日嫌な気分になっているんだよな、と思った。

前までは多少部屋がごちゃごちゃしていても、
ここまでのミニマルさに憧れたりはしなかったと思う。
でも、北海道で、自分ではどう整理したら良いかわからないご先祖さまのものなどがなかなか捨てられなくて
本当に心が重くて大変だったことを経験した今、
ものすごくスッキリとしたところまで自分を連れて行ってみたくなっている。

たとえば、チェストの上に、すごくステキな額があって、
でも、掃除をするたびにちょっと邪魔だよな、と思っていて、
それが昔は額がすてきだから掃除が大変でも良いと思っていたが、
今はすっきりと掃除をすることのほうが
ステキな額よりも断然優先したい気分なのだ!
そのことが自分の中ではけっこう衝撃。
その額を捨ててしまっても良いと思える自分が、、。

ちなみにこの本の中では、そういう場合、
スッキリ簡単に掃除できたほうが断然いいでしょ、と言っている。


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作者の佐々木 典士さんは
モノを捨てて人とくらべなくなった、幸せになった、感謝できるようになった
∴感謝する状態が幸せということに気づいたって書いてた。

私も極限までモノを減らして、感謝の気持ちを味わいたい!
毎日使っているコップだとか、朝日だとか、
いつもなにげなくそばにいてくれるBFにとか、
今だって感謝の気持ちがあるのに、いろいろなことに気を取られすぎていて、ゆっくりじっくり感謝する気持ちを自分の中心に置く事ができないのだ。
だけど、すべてのことにじっくり感謝してもいいくらいシンプルになれたら、とても清々しく生きていくことができるだろう。

それから、彼はこうも言っていました。
モノを捨てると未来のことを考えなくなるって。
それって、タロットがいつも言ってる「今の瞬間に生きる」ってことがナチュラルにできるようになるということ?
モノがなければ自分(我)がなくなるってこと?
佐々木さんもモノが「自分」だと思ってたって。

自分を語らせたい物を減らしてしまえば、
すごく楽になるってこと?
ならば捨てたらいいじゃない、
と思った。

東京に初めてきたときは段ボール2つ分くらいの荷物しかなかった。
そうじゃなくても誰も自分のことを知らなくて、
さらにはモノまでなかったんだから
そりゃ楽しかっただろうなと思い出す。
どこにでも向かっていける自分だったんだから。

自分というものが半透明になり消滅するくらいな勢いで断捨離しよう!

そういえば、思い出したけど、
刑務所で暮らしてた(というか入れられてた)人の本を読んで、
その持ち物の少なさや、
朝起きて少ない所持品や唯一の布団を
ぴしっと片付けなくてはいけないことがとってもうらやましく感じて
いまだに忘れられずに時々思いかえしていることを。
それって、ヤバいと思う。
刑務所暮らしに憧れたりして、うっかり犯罪なんか無意識にしてしまったらどうするの?!
それよりも、ミニマリストに憧れることができて、
そんなミニマリストが存在してくれて本当によかった。




作者の佐々木さんの手がけるサイト…「ミニマル&イズム less is future」 minimalism.jp
Twitterミニマル&イズム
@minimalandism




::::::::::::::::::::::
この本も衝撃的でした。



この本も読んでみたい。


kindleのお試し版で、おもしろい部分が読めます。わたしも最初はこれで読んで、全部読みたくなってフルバージョンを買いました。

posted by R (あーる) at 02:48| Comment(0) | 手放す | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月06日

断捨離についての再考

断捨離について考えている。

考えて、考えて、
わかったことは、

東京から札幌への引越が楽だったのは、
本当に必要なものだけを持ってきたから
ということ。

= 東京の部屋をキープしているので
いらないものはそこに残りっぱなしになっているということだ!

しかし、1年半も札幌に住んでいて、
ああ、あれがあればよかったのに!と思ったことは
ウクレレ以外ひとつもない。

そう、ウクレレだけは持ってくればよかった。
荷造りをしていたのに
BFに「不謹慎じゃないか」と
激しく反対されてやめたのだった(ひとのせい顔1(うれしいカオ))。

ウクレレがあったら、どんなに心が癒されただろうか。

そう考えると、人間には
衣食中も必要だが、音楽も必要なのかもしれない。


:::::::::::::::

話はもどって、
東京の部屋にあるものは
丸ごと捨ててもかまわないほど
必要のないものだということになる。

だけど、これは確信しているんだけど、
もし、東京に戻って、それらを見たら
きっと私は捨てられないだろう。

そういうときは、自分ではない誰かに
捨ててもらったら良いのかもしれない。
何か残っているかも点検せずに、
ダンプカーでも持ってきてもらって
まるごとガタガタ捨ててもらいたい。

叔父は、祖母の家を片付けるときにそうしたと言っていた。
いい考えだと思った。


もし、東京に戻るときがきたら、
いるものだけをまず段ボールにつめることにしよう。

そして、1年半で溜まってしまったいらないものは
目をつぶって捨てることにしよう。

どうして人はものを捨てることができないかといえば、
明日も明後日も生きるつもりでいるからだと思う。

だって死ぬなら捨てるはず。

でも、もし何も持っていなかったとしても
私たちはきっとどうにかできるだろう。

この、絶対明日も生きているはずというこの自信というか
確信は、いったいどこから来ているんだろう??
でも、これがあるから生きていることができるのかもしれない。
つまり、今のようなか弱い自分が未来を知ったら
生きて行けないということなのかもな、とちょっと思う。

母のことだって、第三者が見れば
あきらかに死ぬということを示唆しているでしょう!
というようなことがタロットに出ていたのに、
私はそう解読しなかった。

でも、そうしなかったことによって
バンバンくる痛い現実になんとか対応できたのかもしれないとも思う。
これは、純粋に「母の死」のことだけを言っているのではなくて、
母の死にまつわる人間関係や金銭問題など
いろいろな大変なことについてのことだけど。

でも、それもよかったのかもしれない。
大昔のように純粋に人の死を悲しむことができるなら、
と何度も思ったけれど、
それは悲しすぎるのかもしれない。

ぐちゃぐちゃにまみれることも
あるときは必要なのかもしれないな。
そのぐちゃぐちゃさが自分の精神を守ってくれるときもあって、
今のような弱い自分にはまだそういうものが必要だから
モノも捨てられないということなのではないか
という結論…。

いや、しかし、逆にモノを捨てることから
強い精神を手に入れられるようがんばろうと思うドコモ提供








posted by R (あーる) at 21:30| Comment(0) | 手放す | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月05日

札幌のこと

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札幌では、札幌駅からマンションのある西18丁目まで
いつも歩きます。
大通り4丁目(にぎわっているところ)に行く時も
いつも徒歩。

その行き帰りに歩きながらいろんなことを思う訳だけど、
札幌っていいよな、
とよくしみじみ感じることが多い。

来た当初は、目に映るものが
自然以外は洗練されていない感じがすることが多くて
割と反発な気持ちのほうが強かったかもしれない。

だけど、どこまでも懐の広い大地に抱かれて、
って、そんなに比喩でもないような感覚で
受け入れてもらって
まわりのあったかいみなさんにいつも助けてもらって
なんとなく楽しい
楽しい?
楽しい、
毎日があって、
そんなのウソじゃないか!
というような
なんだか夢の中にいるような日々が
なんとなく続いている。

なんだろうこれは!?と、時々思う。
だって、これは、
わたしが夢に見ていた生活じゃないかと思って。

エネルギーの強い緑があって、でも都会で、
居心地のよいところに住んで、
そして、起きて気が向いたらすぐ友達と徒歩でお茶したりできて、
気を使わなくていい気の良い友達がまわりに住んでいて、
パーティーしたりして、
そこで私は好きなことをして生活をしている、
という。

でも、それがあまりにも自然なカタチで叶っていると
叶っていることになかなか気づかないものなのだな。

気づかなすぎて満喫できていない。

ということに最近気づき、
もっと満喫しようと決意した。

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(こんな渋いお店とかっこいいカフェとが同居しているストリートがいっぱい)

北海道のゆっくりしたリズムになれた今となっては、
東京の電車になんてとてもじゃないけれど
乗れる自信がなくなった。

一日の中で、
外で遊んで、
仕事もして、
自分の時間もゆっくり持って、
なんて東京では絶対できなかったこと!

それくらい、スピードの流れ方が違うし、
疲労の仕方も違う。

東京はすり切れていくような感じだ。
でも、それが好きだったし、
今でもきっと好き。

傷だらけの動物が飢えながら真っ暗な中を走っているような
そんな破れかぶれ感が好きだったのかも。

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坂本龍一氏が、北海道のことをエレガンスがあると言っていたそうだけど
たしかにそうかもしれない。

道で、人とちょっとかすっただけでも
どんな人でも例外なく、絶対に本気で謝ってくれる。
オートマチックに謝るのではなく、
本当に悪い事をしてしまった!というような謝り方。
それに心底驚く。

ドアは、必ず次の人のために押さえておいてくれるし、

ブッフェでガツガツてんこもりするような人は
私たちくらいしかいない。

街中に煙草の吸い殻やゴミが落ちているのを見た事がない。

若者が大声でバカみたいにはしゃいでいるのを見た事がなく、
みんな学習院出身ですか?というような上品さがある。

子供たちは驚くほど素直で生き生きとしていて、
ピカピカと光っていて、
しつけが行き届いていてうるさくない。

何かのちょっとした街のイベントなども
とても真心のこもったものばかりで、
丁寧に作られた感じがする。
そのことに感動する。

お店で売られている品物に真心がこもっているから、
パンが500円とかでも、妥当な気がしてつい買ってしまう。
エネルギーが高いのだと思う。
それを感じるから高い値段と思わないのかも。

東京は、競い合うからこそ生まれる洗練があるけれど、
北海道ではゆったりした時間の中で生まれる
心の余裕と真心がある。
どっちも好き。

だけど今は北海道にいるから、
もう二度と東京に帰ることができないくらい
このすばらしさを満喫しよう!


もし、東京で孤独を感じている人がいたら、
札幌に引っ越してきたらいいと思う。
しかも、ちゃんと稼いでいる独身男子ならば
ものすごく、人生最高くらいにモテるのではないかと思う。
なぜなら、札幌では、女子の数のほうが圧倒的に多いと
道を歩いていて感じるからです。

でも、中年独身女性にもおすすめです。
札幌では常に遊べる楽しい友達がいるし、
毎週、ハワイのようにクリエイティブなイベントがあるから
10代の頃のように楽しめると思う。

もし、私が東京に戻ることがあったとしても、
足腰が弱くなってきたら札幌にまた戻りたい。
東京のような不気味な老後の不安は感じずに
住んでいることができる街だと思うから。






posted by R (あーる) at 06:01| Comment(0) | 街をぶらぶら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月26日

断捨離までの150歩(なんで150??)

自然の神々が住まう家―身も心もゆったりとやすらぐ我が家がここにある (ガイアブックシリーズ)

断捨離、という言葉が
あたまに張りついて、
それをしない限り
自分の人生が始まらないような
オブゼッションにかられている。

断捨離について考えているときは、
「まず、必要なものをよけてあとは丸ごと捨てればよいのだ!」
と思えるのに、
実際にしようと思うと
できずに寝てしまう。

もう、どこから手をつけたら良いのか
完全にわからない。

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去年、札幌に引っ越してきたばかりの頃がなつかしい。

本当に何もなく、
何もないからこそ、何でもやる気になり、
そしてそれをするスペースも存分にあり、
眠る前にはハダカでダンスをしたり、
朝起きたら、窓を開けて気持ちよくヨガをしたりしていた。

清々しかった。


それがどこから崩壊し始めたかといえば、

母が実家から
サランラップとかお茶の道具とかを
多量に持ってきたところあたりから
家の空気がモッタリしてきたと思う。


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その後、母が地上から去り、
実家の片付けをしたときに、
母が大事にしていた着物の端切れと、
大量の着物と、
毛糸を段ボールで持ってきたところで
ノックアウトされた感じだ。

あと、大きな木のザルとか
アンティークの木の机とかも
自分の首を絞めるはめに…!


そしてさらには香典帳とかいろいろ
お葬式グッズが入っている段ボール系、

ぐしゃぐしゃになっている部屋に
仏壇を設置した時点で
もうどうしたら良いがわからない感じになった。

BFが母からもらった大量の木の棒や、
(とても意味不明。旗をつける棒らしい)
ため込み癖のあるBFの部屋の多量の本やCD、
(この本をわざわざ東京から趣味のために送って持ってきたのかと思うと腹立たしい!)
それから私が去年の暮れから制作している
オルゴナイトの材料も非常に問題。


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前回、月が欠けていった時期、
かなり断捨離気分がもりあがって、
とりあえず、
母が「絶対に手放したくない」と言っていた
新品の木綿の敷き布団を整理した。

「木綿の敷き布団、身体にいいんだって。
汗をたくさん吸ってくれて
腰も痛くならないらしいよ。」
とか話していると、
こんなに貴重なものを捨ててしまっていいのか?
人間としてどうかしているのではないだろうか?
とすら感じてしまう。

布団はリサイクルができず、
どうしたら良いか本当に困ったが、
ホームレス支援団体の会が引き取りにきてくれた。
トラックにいっぱい。

利用してくれる人が誰かいるというのは
捨てる罪悪感が減って
本当に心が楽になるものだなと思った。

布団のついでに、
母のお裁縫箱や(これまた母が20代の頃から使っていた思い出の品!)
使っていないお皿なども
なんでも持って行ってもらった。


積み上げてもらっている最中に、
「この写真立ても結局捨てることになるならば、持っていってもらおうよ!」
と、プラスチックフレームの、
母が大事にしていた小さな写真立てを
BFに走って持って行ってもらった。

そして、その直後、
なんだか胸騒ぎがして
タロットに「捨てても良かったのか?」
とあわてて聞いたら、
「いま、大事なもの捨てちゃったよ!」
と出てビックリ!!

慌てて、もう一度BFに
トラックのところまで走っていってもらい、
写真立てを返してもらった。

だけど、何でこれがそんなに大事なものなのか???

写真フレームを引っくり返して良く見てみると、
「MIKIMOTO」と彫ってある。

表面を見ると、四隅に白いパールが!

プラスチックの安いビーズだと思っていたのに
まさか真珠だったなんて!雪雷


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タロットに聞きながら断捨離をしていると、
「それはトラディショナルではない。もう少しルーツを大事にするべきだ」
とか、
「貴重な物を失ってしまうことになるだろう」
とか
たまに言われることがあり、
なんでもかんでも捨てればいいってものではないのだな
と思うこともある。

一番、心に残っているのは、
母が長年にわたり、
大事にため込んできた手芸のものを
使えそうなものだけ抜き取って
整理していたとき。
「そのような傲慢な態度はどうだろう?」
とタロットにいわれ、
どっきりした。


ごちゃまぜのぐしゃぐしゃになっているよりも、
もっとセンスよくそれを使うことができるのではないか
という私の傲慢さ!を指摘されたのだ。

私が不必要と感じるもの、
でも母がそれらを大切にしていた気持ちを理解せずに
かっこいいものだけ抜粋することなど、
本当に傲慢なことなのだと思う。

だから、これをどうにかするとすれば、
すべてをよく見て、
母の気持ちを理解しなくてはいけない。
それか、すべてを捨てるか。



射手座   射手座   射手座


本当に断捨離をして良いのは、
もうすこし後のことなのかもしれない。

タロットが「貴重なもの」というのは、
この世にとっての貴重なもの、
という意味ではないとおもう。

母が貴重としていたものを
私たちが理解するべき場合に
言われているような気がする。


いまは、去っていってしまった母の
残していったものと格闘し、まみれながら
その人生を知ることをしていると思う。



射手座   射手座   射手座

捨てる気分になる本。


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2015年07月25日

札幌カルチャーナイト!

先日、sapporoカルチャーナイトというのがあって、
とても楽しかった!

街じゅうで催しものがいろいろあるみたいだったけど、
やはり家からすぐの近代美術館へ。

夜21:30まで無料解放されているなんてステキ!

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(いつもこの庭に散歩とか瞑想しにばかり来ていて、中の展示を見た事はあんまりなくて申し訳ない…。)



二階でやっていた
ニッカウイスキーのボトルをデザインした
淡島雅吉氏(1913〜1979)の吹きガラスの展示が素晴らしかった。
鼻息が荒くなるほど、すごかった!

淡島ガラス カクテルグラス(雫ガラス)

ガラスを生きているものとして、
その生命を尊重してできる限り活かす作品群。
淡島氏に文字通り息を吹き込まれたガラスたちが、
いろんな風に変容して
生をおもいきり限界まで楽しんでいる感じがした。
エネルギーの強い花器などいろいろとあって、欲しかった。



その美術館ロビーでやっていた
ソプラノ歌手の平野則子さんと、
ピアニストの影山裕子さんの演奏会も、とても感動的!

階段の上でも、下でも、
そして展示を見るのに通行している人も、
子供たちもたくさんいるのに、
誰もヒソヒソ声でさえ喋っていなくて
驚くほど静か(札幌では普通のことかもしれないが)。
パフォーマンスに敬意を払っている感じがステキと思った。


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それからおなじみモンクールさんでにんじんパンを買い、
近代美術館隣の知事公館の夜の庭で寝転んで食べた。

考えてみたら、この庭は
いつも夕方には閉まってしまうので、
夜にこんなことできる機会は1年にたった1度の今日だけ!

なぜいつも庭を解放しておいてくれないんだろう。
してくれればさみしくなくていいのに。

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空に、とつぜんUFOが現れ、
Takeshi と眺めていた。
ずっと蚊のように飛んでいて、
近くに来ればいいのにとおもったけど
こなかった。


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東京でもよく中央公園でこうやってUFOみたこと思い出した。
札幌では一回しかみたことがない。
中央公園には、よく夜中の2時とかに遊びにいっていた。
懐かしい思い出。

ここでも、いつでも寝転がれる草原がほしいな。



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三岸好太郎美術館では、行って座った途端、
ジャン、ジャン!とギターライブが終了顔1(うれしいカオ)

上で三岸好太郎代表作の、ちょうちょの塗り絵をした。
Takashi画伯がものすごいいきおいで塗っていて、
テーブルが揺れて大変だった。
このカルチャーナイト、もし東京だったら、
知事公館の庭はライトアップされて
ゴージャスなパーティーが開かれるだろう、
などと思った。
一般の人は入れないかもしれない。

この、ゆっくり感というか、
地元の人が静かに楽しめる催しを作ってくれる札幌は真心があっていいなと思う。

そして、やっぱり夜っていうのがいいな。
夜が大好きだ。

札幌西18丁目は抜けがよくて、とてもcoolな街。



後日談
しかし、この札幌カルチャーナイトというイベント、札幌市内中でやっているにもかかわらず、地元の人のほとんどの人が聞いた事もなかったという…。なぜ??!各会場の超近所の人しか知らないってことでは?!




:::::::::::::::::::::
おお!淡島雅吉のしづくガラスがamazonで販売されているのを発見!
このシリーズは1950年にDESIGNした作品だそうです。展示では、しづくガラスもよかったけど、すごくぶあついゴツゴツガラスのシリーズも好きだった。





posted by R (あーる) at 04:11| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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