2016年02月19日

『365日のシンプルライフ 』

365日のシンプルライフ [DVD]
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365日のシンプルライフ [DVD]という映画を見た。

欲しいものはなんでも持っているのに
幸せじゃなかった彼は、
持ち物のすべてを倉庫に預けてしまう。
パンツから靴下、洗濯機、掃除機まで。

毎日そこから1つずつモノを持って来ても良いが
365日の1年間、新しい物は絶対に買わない、
というルールを自分に課して過ごす過程を記録した
ドキュメンタリー。

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丸裸で、真夜中に倉庫に走っていく彼が
一番最初に取ってきたものはコートだった。

家には何にもないから(でも暖房はついているみたい)
コートを寝袋みたいにして寝るんだけど、
私だったらまず毛布をもってくるな、と思った。

だけど次に倉庫にいくときのことを考えれば
コートを着ていれば怪しくみえないから良いのかもしれない。
そして週明けに仕事にいく時のことまで考えて
まずはコートを選択したのだろう。

マットレス、仕事に着ていく服、鞄、
など、社会生活に支障がない程度の
暮らしができる数個を取ってきた時点で
彼はとりあえず満足したみたいだった。

朝起きたとき、幸せだと言っていた。
こんなふうに毎朝が続けばユートピアだと言っていた。

ものがないというだけで、
そこまで幸せを感じることができるなんて…!!


それから彼は、数日、何もとりにいかないで、
取りに行くときにそのぶんもまとめてとってきていたが
そのルールはどうだろう??

それじゃあ、ひとつずつのものに対しての感情を
しっかり味わえなくなるんじゃないかと思って。

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それから、携帯電話は一応取りにいくが、
仕事以外では使わないと決めていた。
だけどパソコンを家で私用に使うならば
あんまり意味はないんじゃないかと思った。

彼が、テーブルで日記を書いて、
そして携帯を手にしたとき、
見ていて何か違和感をかんじた。
それはこの映画の趣旨にということだけど。

ハダカで1から始めるほどの過剰な実験をするならば、
デジタルコミュニケーションツールを
家では徹底的に廃止してみたらよかったのに。

私の場合は、仕事以外で携帯を使うな!と言われても
困らないと思う。
仕事では非常に困るが、仕事以外では、
唯一連絡を取りたいBFも携帯電話を持っていないし、
自分のは機種が古すぎてほとんどアプリケーションも
もう入れられなくなっているし、
携帯電話の意味があまりないからだ。

だけど、これがある、というだけで何かが違うとは思う。

彼の場合は、自分のものを捨てたわけではなく、
取りにいこうと思えばいつでも取りにいける
自分のモノがすべて保管された倉庫がある。

実験だからいいんだけど、
取りに行けばそこにすべてがある、というのと
すべて完全に捨ててしまってどこにも私物はない、
というのとは雲泥の差があると思う。

最後にその倉庫に起きっぱなしにしていたものをどう処分したのか
知りたいと思った。

彼がいうのは、
人は大体100個くらいモノがあれば普通に生きていける
そうだ。
そこにもう100個+すればもっと楽しめる
らしい。

札幌から引越してくるときにおもったけど、
段ボール10箱にだってたいしてものは入らない。
1つの段ボールのなかにだって
10個以上は絶対ものが入っているわけだから、
1人につき段ボール15くらいで引越をすれば
健全な感じになるんじゃないだろうか。


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フィンランド人、というせいなのか、
さっきの勝手なルールの件も含め、
マイペースな感じで撮られた映画
という感じだった。

でも、インパクトはあった。
それだけがこの映画に私が求めていたものだった十分だった。

それは、モノがないと人はとっても幸せそうで希望に満ちている、
ということ!

それって、どういうことなんだろう?

いま何も持ってないから、これから増やすことが楽しみっていう気分なんだろうか?
それとも、自分の責任のあるモノがないというシンプルな状況が
素直に楽しいんだろうか?
両方だろうか?




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できれば私も、何もかもを捨ててしまいたい。

捨てることをしたいわけじゃなくて、
所有することをやめてしまいたい。

だけど、まだ読んでもいない母の日記を捨ててもいいのか?
とか、
家族の写真を捨てたら
いつか自分がひとりぼっちで寂しくなったときに
自分が誰から生まれて
誰から愛されたか
信じられなくなって悲しくなったらどうしよう??
とか思うと捨てられない。

たとえそれらを切り離して倉庫にいれて
10年経ったとしても、
一見シンプル風に暮らすことができたとしても、
自分のエネルギーはやはり倉庫の中身と
どこかで繋がっているだろうと思う。

そう考えると、この実験は、
本当に仮のカタチのシンプルライフの追求
というものをしてみたんだなと思う。

ただ、1年の後、取りにいかなかった残りのすべてを
捨ててしまったというのであれば
それはまた別の話。

捨ててしまっていたらいいのに。

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ちなみに、
フィンランド人にとって冷蔵庫は必須みたい。
彼のおばあちゃんも、お母さんも、
冷蔵庫は大切だと言っていた。

彼は窓と窓との間に食べ物をおいて冷やしていたから
それほど冷蔵庫が必須のようにはみえなかったけど、
それでも冷蔵庫は取りに行っていた。




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上記の映画を見た時期、この本を読んだ。
かっこ良くて真実で、最高に痺れた!!
     

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posted by R (あーる) at 23:30| Comment(0) | 映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月13日

ちまちまとラッキーな1日!

HERMES show window #hermes #fashion #windowshopping #showwindow #windowdisplay #windowdisplays #tokyo #streetphotography #streetphoto #hermeslover

(通りがかったエルメスのディスプレイ。かわいい。)


昨日、出かける時、
Acneのコートのジッパーの一番下のところが
3センチくらいほつれていることを発見し、すごくショックだった。
でも、BFももう靴を履いているし、
予定していた電車の時間にも間に合わなくなるので
そのまま出かけることに…。

駅に歩きながらも、延々とそのことを嘆き続けていたけれど
知らないうちに別の話をしていたようで、

「それって、コンピューターでいうと、脳の中で別のウィンドウが開いたみたいな感じなのかな?」

とBFに言われてハッとした。

「さっきまであんなにクヨクヨしてたのに、よくそんなにコロッと別の話すぐできるよね」

確かに!!

言われてみると、本当にどうなっちゃってんの?!私?!
と思うほど、さっきまでのことはすっかり忘れたかのように
次の瞬間には全く関係ないことを
全く別の気分で話してる。
こういうのって、注意欠陥障害というのではないだろうか?

それから電車に乗ってからも、
私の脳内では
新しいウインドウがいくつか開いては、
また元のウインドウに戻っていた。

「そんなに気になるなら、これからハンズに行くんだから
そこで安全ピンでも買えばいいじゃない」
と、BFに言われ、「うん…」
と答えながらも、

(100円ショップならまだしも、安全ピン1コのために数百円出すなんてバカみたい)
(しかも1本だけなんて売ってないだろうから、必要もないのに1ケース買うはめになるだろう)

とか2人とも沈黙しながら思っていた。。

そして、乗り換えホームで電車を待っていた時、
なんと!!
BFのコートの襟の下に
ぶらぶら揺れている小さな安全ピンが!!!

「安全ピンが!!! 襟の下に安全ピンがぶら下がってるよ!」
「え? ホント? クリーニング出した時についてたやつかも」

BFのコートの糸を切らないように注意しながら、
そっと安全ピンを外した。

「これって奇跡じゃない?!
「奇跡だよ! 
狂喜し、早速コートの裾を補修して
ホッとした。

あまりにもみみっちいことだけど、
本当に奇跡を感じた(笑)

まるで、手品師がポケットから鳩を出してくれたり、
手をシュシュっと擦り合わせたところから
ハートのエースを出してくれるみたいな。

奇跡というより手品という感じかもしれないけど 🐶。


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それから
Apple StoreにMac bookをチェックしに行った。





MacBook Pro が札幌で壊れ、その後2年間も放ったらかしだったからだ。
今までは15inchを使っていて、小さいウインドウを使うのは不安があったが、
前日タロットに聞いてみると、「あんたに15inchなんて無駄でしょう!」
と言われ、13inchのretinaディスプレイの Macbook proと、
retinaディスプレイの12inch Macbookを薦められた(by tarot)。
ちなみに価格は同じ。






見てもよくわからないので
側にいた外国人の店員さんに聞いたら、
操作をして見せてくれた。
13inch macbook proの方が断然スピーディーなことがわかった。

つまり、スピードとかよりも重量的に軽いのが良ければ12inchのmac bookを買うべきで、
そんなに持ち歩くことがなければ13inch mac book proを買えば良い、
という、とてもシンプルなことを教えてもらって
非常にすっきりとした気分になり、
本当はその日は買う予定ではなかったけれど、
その場で買うことに決めた。

ストレージを大きなものにするかどうか聞かれ、
迷っていたら店員さんが色々と説明してくれ
「話を聞く限り、きっと128GBでいいよ」
と言った。
私は信じられなくて「えっ?!」
と聞き返した。

店員さん「128GBで」
私「256じゃなくて?」
店員さん「128で十分だと思う」

信じられない!
256GBだったら数万円高くなるのに
(お店側としてはその方が都合が良いだろうに)
128GBで足りるなんて、私の懐に優しいことを言ってくれるなんて!

私「DVDを見るかもしれないから、DVDつなぐやつもください」
店員さん「本当に? DVDなんて本当に見るの? Netfixとかで十分じゃない?」
私「…(確かに…!!」



店員さん「みんなここくるとあれもこれもぜーんぶ欲しくなるけど、そんなに一気に買ったら使わなくなっちゃうだけ。今日は一つ買って、しばらく使ってみて、それでどうしても必要だと思ったら、ここはずっといつも開いてるんだからまた買いに来ればいいよ」

などと、その後も、店員さんはあらゆる点で
ミニマムな買い物の仕方をお勧めしてくれて、
とても助かった。

前にMacBook ProをApple storeじゃないところで買った時は、
あれもこれも必要、メモリ増設とかで、すごい高価になってしまって痛かったのに、
毎回フリーズするダメなやつだった。

しかし、その痛手もあって、
今回のこの店員さんが言ってくれることは
とても自分にしっくりきたのだった。
前の失敗がなければ、ここまでミニマムな選択はしないかもしれない。

ありがとう!Appleの店員さん!
ありがとう! 一緒に選んでくれた T!
ありがとう!神さま!

こんなにシンプルに買い物ができたことが嬉しい。
等身大のお買い物という感じがする。

うれしくて、早速こうしてblogを
久しぶりに書いているというわけ☺️

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その後もラッキーな感じは1日じゅう続き、
帰りの電車も
BFが「ここだな。今日の俺はすごい冴えてるからまちがいないよ」
と狙いを定めたところに立っていたら、
次の駅で2シート空きが!



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何かと1日ラッキーだったよね〜
と振り返ってみた時、

BFの襟に安全ピンがぶら下がっていた、
本当に必要なものだけ売ってくれる店員さん、
ピンポイントで狙っていた場所が空き、電車に座れた、
などという異常に現実的すぎる内容が
もし神さまが考えてくれたことだとしたら
とてもちまちまとしていて
すごくかわいい!
と思っておかしかった。




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エコロジーオンラインでの連載3回目がUPされました。
よかったらチェックしてみてください。
木がどんなことを考えているか聞いています。

     
アースタロット-木との関係を見直そう



posted by R (あーる) at 04:49| Comment(0) | かわった出来事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月23日

地球の声を聞く「アースタロット」2回目

写真-4.JPG

エコロジーオンラインにて始まりました新連載
地球の声を聞く「アースタロット」2回目は、
世界中が暑い意味をタロットに聞きました。

地球が何か訴えたいことがあるのだろうな〜というのは、
きっと人間みんなが感じていると思うのですが、
その内容のニュアンスが、
予想とはちょっと違っていておもしろかったです。

地球って、ほんとうにタフでかわいい!

よかったらチェックしてみてください

<アースタロット>地球はもっともっと人間と遊びたがっている!




posted by R (あーる) at 20:09| Comment(0) | タロットリーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月12日

エコロジーオンラインにて「アースタロット」新連載

写真-3.JPG

昨夜の新月よりEcology Online エコロジーオンライン
新しく作られたカルチャーコーナーにて、
「アースタロット」という連載をはじめさせていただくことになりました。

そうなんです!ここでは普段とちがって、
人間のエネルギーではなく、
地球のエネルギーをタロットに降ろして聞くという
斬新な企画なんです(´∀`*)♪

初回は、とりあえず地球のエネルギーが
なにか根本的なことを言いたいらしかったので、
それを聞いて書きました。

地球って、わたしたちが思っているのとは
ちょっと違うみたい。人間との関係性も意外でした。

その驚きはけっこう大きくて、
私はこのリーディングをして以来、
毎日地球のことを何度も考えてしまいます。


地球の声を聞くという新しい試みの新連載、
よかったらチェックしてみてください。

地球がおもしろいこと言ってます。                   
<アースタロット>地球と人間のエネルギーが一体化することで素晴らしい躍動感が生まれる





posted by R (あーる) at 01:07| Comment(0) | タロットリーディング | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月10日

衝撃の本「ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ」

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札幌から東京に戻ってきて、
とにかく物が溢れ帰っていた。
できるだけ捨ててきたつもりなのに
確実に、前にここに住んでいたときよりも
物がある状態。
こんなことで人はクサクサしてしまうものなのだな。
とにかく、すっきりしないと人生始まらないという感じ。

10月は、とにかく手早くすっきりさせたかったので
book offに売ったり、
下北のアンティーク屋さんに売りに行ったり、
トレジャーハントに服を何度も売ったり、
ヤフオクで売ったり、
Facebookでみなさんに買ってもらったり、
もったいなかったけど布団は粗大ごみに出したりした。

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それでもまだ家は混沌状態で、
どうにかしなくちゃいけない気がした。
でも、これ以上どうやったらいいのかわからず悶々としていたとき、
斉藤一人さんという人のお弟子さんが書いた本の中で、

「ものは捨てなきゃだめだよ、健康にかかわるよ」
「もったいないからって捨てないで健康を害するなんてもっともったいない」

というようなことを斉藤一人さんが言っているのを読んで、
そんなこともあるかもね〜と思っていたことをハッキリいわれ、おおお!!と思った。

でもそれよりも、

ものはもったいないとか思わないで使っていないならば捨てたっていいんだ、

と書かれていた事の方がもっと衝撃的だった!

もったいなくて、とくに昔から代々使われてきた物は美しくて素敵だが、でも使っていないのにキープし続けなくてはいけないことが心の負担になっていた。
でも、捨てていいんだ!
親不孝とか、リサイクルとか考えないで捨てていいんだって!
だって捨てなかったら病気になるかもしれないんだから。
だけど、こんなふうな凝ったアンティークは一度捨てたら二度と手に入らないかもしれないのに?…


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などと、せっかく振り切れそうだったのに、イマイチ思い切りが悪かったところに
ぼくたちに、もうモノは必要ない。 - 断捨離からミニマリストへ -という本が!

これは最大限にまで自分の持ち物を減らした人が書いた本。
写真が載っているけど、ほんとに何にも無い。
ベッドも、机も、棚も、置物も、テレビも、服だってクローゼットに5枚くらいかかっているだけ。

なんてステキなんだろう!と思った。
なんて自由なんだろう!

この作者がいうには、
「増えすぎたモノはあなたのエネルギーを奪う」って。
物が私たちに「いつ手をつけてくれるのさ?」とか話しかけて来て、
それで私たちは疲れちゃうんだって。
たしかに!!
それで私は毎日嫌な気分になっているんだよな、と思った。

前までは多少部屋がごちゃごちゃしていても、
ここまでのミニマルさに憧れたりはしなかったと思う。
でも、北海道で、自分ではどう整理したら良いかわからないご先祖さまのものなどがなかなか捨てられなくて
本当に心が重くて大変だったことを経験した今、
ものすごくスッキリとしたところまで自分を連れて行ってみたくなっている。

たとえば、チェストの上に、すごくステキな額があって、
でも、掃除をするたびにちょっと邪魔だよな、と思っていて、
それが昔は額がすてきだから掃除が大変でも良いと思っていたが、
今はすっきりと掃除をすることのほうが
ステキな額よりも断然優先したい気分なのだ!
そのことが自分の中ではけっこう衝撃。
その額を捨ててしまっても良いと思える自分が、、。

ちなみにこの本の中では、そういう場合、
スッキリ簡単に掃除できたほうが断然いいでしょ、と言っている。


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作者の佐々木 典士さんは
モノを捨てて人とくらべなくなった、幸せになった、感謝できるようになった
∴感謝する状態が幸せということに気づいたって書いてた。

私も極限までモノを減らして、感謝の気持ちを味わいたい!
毎日使っているコップだとか、朝日だとか、
いつもなにげなくそばにいてくれるBFにとか、
今だって感謝の気持ちがあるのに、いろいろなことに気を取られすぎていて、ゆっくりじっくり感謝する気持ちを自分の中心に置く事ができないのだ。
だけど、すべてのことにじっくり感謝してもいいくらいシンプルになれたら、とても清々しく生きていくことができるだろう。

それから、彼はこうも言っていました。
モノを捨てると未来のことを考えなくなるって。
それって、タロットがいつも言ってる「今の瞬間に生きる」ってことがナチュラルにできるようになるということ?
モノがなければ自分(我)がなくなるってこと?
佐々木さんもモノが「自分」だと思ってたって。

自分を語らせたい物を減らしてしまえば、
すごく楽になるってこと?
ならば捨てたらいいじゃない、
と思った。

東京に初めてきたときは段ボール2つ分くらいの荷物しかなかった。
そうじゃなくても誰も自分のことを知らなくて、
さらにはモノまでなかったんだから
そりゃ楽しかっただろうなと思い出す。
どこにでも向かっていける自分だったんだから。

自分というものが半透明になり消滅するくらいな勢いで断捨離しよう!

そういえば、思い出したけど、
刑務所で暮らしてた(というか入れられてた)人の本を読んで、
その持ち物の少なさや、
朝起きて少ない所持品や唯一の布団を
ぴしっと片付けなくてはいけないことがとってもうらやましく感じて
いまだに忘れられずに時々思いかえしていることを。
それって、ヤバいと思う。
刑務所暮らしに憧れたりして、うっかり犯罪なんか無意識にしてしまったらどうするの?!
それよりも、ミニマリストに憧れることができて、
そんなミニマリストが存在してくれて本当によかった。




作者の佐々木さんの手がけるサイト…「ミニマル&イズム less is future」 minimalism.jp
Twitterミニマル&イズム
@minimalandism




::::::::::::::::::::::
この本も衝撃的でした。



この本も読んでみたい。


kindleのお試し版で、おもしろい部分が読めます。わたしも最初はこれで読んで、全部読みたくなってフルバージョンを買いました。

posted by R (あーる) at 02:48| Comment(0) | 手放す | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月06日

断捨離についての再考

断捨離について考えている。

考えて、考えて、
わかったことは、

東京から札幌への引越が楽だったのは、
本当に必要なものだけを持ってきたから
ということ。

= 東京の部屋をキープしているので
いらないものはそこに残りっぱなしになっているということだ!

しかし、1年半も札幌に住んでいて、
ああ、あれがあればよかったのに!と思ったことは
ウクレレ以外ひとつもない。

そう、ウクレレだけは持ってくればよかった。
荷造りをしていたのに
BFに「不謹慎じゃないか」と
激しく反対されてやめたのだった(ひとのせい顔1(うれしいカオ))。

ウクレレがあったら、どんなに心が癒されただろうか。

そう考えると、人間には
衣食中も必要だが、音楽も必要なのかもしれない。


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話はもどって、
東京の部屋にあるものは
丸ごと捨ててもかまわないほど
必要のないものだということになる。

だけど、これは確信しているんだけど、
もし、東京に戻って、それらを見たら
きっと私は捨てられないだろう。

そういうときは、自分ではない誰かに
捨ててもらったら良いのかもしれない。
何か残っているかも点検せずに、
ダンプカーでも持ってきてもらって
まるごとガタガタ捨ててもらいたい。

叔父は、祖母の家を片付けるときにそうしたと言っていた。
いい考えだと思った。


もし、東京に戻るときがきたら、
いるものだけをまず段ボールにつめることにしよう。

そして、1年半で溜まってしまったいらないものは
目をつぶって捨てることにしよう。

どうして人はものを捨てることができないかといえば、
明日も明後日も生きるつもりでいるからだと思う。

だって死ぬなら捨てるはず。

でも、もし何も持っていなかったとしても
私たちはきっとどうにかできるだろう。

この、絶対明日も生きているはずというこの自信というか
確信は、いったいどこから来ているんだろう??
でも、これがあるから生きていることができるのかもしれない。
つまり、今のようなか弱い自分が未来を知ったら
生きて行けないということなのかもな、とちょっと思う。

母のことだって、第三者が見れば
あきらかに死ぬということを示唆しているでしょう!
というようなことがタロットに出ていたのに、
私はそう解読しなかった。

でも、そうしなかったことによって
バンバンくる痛い現実になんとか対応できたのかもしれないとも思う。
これは、純粋に「母の死」のことだけを言っているのではなくて、
母の死にまつわる人間関係や金銭問題など
いろいろな大変なことについてのことだけど。

でも、それもよかったのかもしれない。
大昔のように純粋に人の死を悲しむことができるなら、
と何度も思ったけれど、
それは悲しすぎるのかもしれない。

ぐちゃぐちゃにまみれることも
あるときは必要なのかもしれないな。
そのぐちゃぐちゃさが自分の精神を守ってくれるときもあって、
今のような弱い自分にはまだそういうものが必要だから
モノも捨てられないということなのではないか
という結論…。

いや、しかし、逆にモノを捨てることから
強い精神を手に入れられるようがんばろうと思うドコモ提供








posted by R (あーる) at 21:30| Comment(0) | 手放す | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月05日

札幌のこと

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札幌では、札幌駅からマンションのある西18丁目まで
いつも歩きます。
大通り4丁目(にぎわっているところ)に行く時も
いつも徒歩。

その行き帰りに歩きながらいろんなことを思う訳だけど、
札幌っていいよな、
とよくしみじみ感じることが多い。

来た当初は、目に映るものが
自然以外は洗練されていない感じがすることが多くて
割と反発な気持ちのほうが強かったかもしれない。

だけど、どこまでも懐の広い大地に抱かれて、
って、そんなに比喩でもないような感覚で
受け入れてもらって
まわりのあったかいみなさんにいつも助けてもらって
なんとなく楽しい
楽しい?
楽しい、
毎日があって、
そんなのウソじゃないか!
というような
なんだか夢の中にいるような日々が
なんとなく続いている。

なんだろうこれは!?と、時々思う。
だって、これは、
わたしが夢に見ていた生活じゃないかと思って。

エネルギーの強い緑があって、でも都会で、
居心地のよいところに住んで、
そして、起きて気が向いたらすぐ友達と徒歩でお茶したりできて、
気を使わなくていい気の良い友達がまわりに住んでいて、
パーティーしたりして、
そこで私は好きなことをして生活をしている、
という。

でも、それがあまりにも自然なカタチで叶っていると
叶っていることになかなか気づかないものなのだな。

気づかなすぎて満喫できていない。

ということに最近気づき、
もっと満喫しようと決意した。

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(こんな渋いお店とかっこいいカフェとが同居しているストリートがいっぱい)

北海道のゆっくりしたリズムになれた今となっては、
東京の電車になんてとてもじゃないけれど
乗れる自信がなくなった。

一日の中で、
外で遊んで、
仕事もして、
自分の時間もゆっくり持って、
なんて東京では絶対できなかったこと!

それくらい、スピードの流れ方が違うし、
疲労の仕方も違う。

東京はすり切れていくような感じだ。
でも、それが好きだったし、
今でもきっと好き。

傷だらけの動物が飢えながら真っ暗な中を走っているような
そんな破れかぶれ感が好きだったのかも。

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坂本龍一氏が、北海道のことをエレガンスがあると言っていたそうだけど
たしかにそうかもしれない。

道で、人とちょっとかすっただけでも
どんな人でも例外なく、絶対に本気で謝ってくれる。
オートマチックに謝るのではなく、
本当に悪い事をしてしまった!というような謝り方。
それに心底驚く。

ドアは、必ず次の人のために押さえておいてくれるし、

ブッフェでガツガツてんこもりするような人は
私たちくらいしかいない。

街中に煙草の吸い殻やゴミが落ちているのを見た事がない。

若者が大声でバカみたいにはしゃいでいるのを見た事がなく、
みんな学習院出身ですか?というような上品さがある。

子供たちは驚くほど素直で生き生きとしていて、
ピカピカと光っていて、
しつけが行き届いていてうるさくない。

何かのちょっとした街のイベントなども
とても真心のこもったものばかりで、
丁寧に作られた感じがする。
そのことに感動する。

お店で売られている品物に真心がこもっているから、
パンが500円とかでも、妥当な気がしてつい買ってしまう。
エネルギーが高いのだと思う。
それを感じるから高い値段と思わないのかも。

東京は、競い合うからこそ生まれる洗練があるけれど、
北海道ではゆったりした時間の中で生まれる
心の余裕と真心がある。
どっちも好き。

だけど今は北海道にいるから、
もう二度と東京に帰ることができないくらい
このすばらしさを満喫しよう!


もし、東京で孤独を感じている人がいたら、
札幌に引っ越してきたらいいと思う。
しかも、ちゃんと稼いでいる独身男子ならば
ものすごく、人生最高くらいにモテるのではないかと思う。
なぜなら、札幌では、女子の数のほうが圧倒的に多いと
道を歩いていて感じるからです。

でも、中年独身女性にもおすすめです。
札幌では常に遊べる楽しい友達がいるし、
毎週、ハワイのようにクリエイティブなイベントがあるから
10代の頃のように楽しめると思う。

もし、私が東京に戻ることがあったとしても、
足腰が弱くなってきたら札幌にまた戻りたい。
東京のような不気味な老後の不安は感じずに
住んでいることができる街だと思うから。






posted by R (あーる) at 06:01| Comment(0) | 街をぶらぶら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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