2015年09月06日

断捨離についての再考

断捨離について考えている。

考えて、考えて、
わかったことは、

東京から札幌への引越が楽だったのは、
本当に必要なものだけを持ってきたから
ということ。

= 東京の部屋をキープしているので
いらないものはそこに残りっぱなしになっているということだ!

しかし、1年半も札幌に住んでいて、
ああ、あれがあればよかったのに!と思ったことは
ウクレレ以外ひとつもない。

そう、ウクレレだけは持ってくればよかった。
荷造りをしていたのに
BFに「不謹慎じゃないか」と
激しく反対されてやめたのだった(ひとのせい顔1(うれしいカオ))。

ウクレレがあったら、どんなに心が癒されただろうか。

そう考えると、人間には
衣食中も必要だが、音楽も必要なのかもしれない。


:::::::::::::::

話はもどって、
東京の部屋にあるものは
丸ごと捨ててもかまわないほど
必要のないものだということになる。

だけど、これは確信しているんだけど、
もし、東京に戻って、それらを見たら
きっと私は捨てられないだろう。

そういうときは、自分ではない誰かに
捨ててもらったら良いのかもしれない。
何か残っているかも点検せずに、
ダンプカーでも持ってきてもらって
まるごとガタガタ捨ててもらいたい。

叔父は、祖母の家を片付けるときにそうしたと言っていた。
いい考えだと思った。


もし、東京に戻るときがきたら、
いるものだけをまず段ボールにつめることにしよう。

そして、1年半で溜まってしまったいらないものは
目をつぶって捨てることにしよう。

どうして人はものを捨てることができないかといえば、
明日も明後日も生きるつもりでいるからだと思う。

だって死ぬなら捨てるはず。

でも、もし何も持っていなかったとしても
私たちはきっとどうにかできるだろう。

この、絶対明日も生きているはずというこの自信というか
確信は、いったいどこから来ているんだろう??
でも、これがあるから生きていることができるのかもしれない。
つまり、今のようなか弱い自分が未来を知ったら
生きて行けないということなのかもな、とちょっと思う。

母のことだって、第三者が見れば
あきらかに死ぬということを示唆しているでしょう!
というようなことがタロットに出ていたのに、
私はそう解読しなかった。

でも、そうしなかったことによって
バンバンくる痛い現実になんとか対応できたのかもしれないとも思う。
これは、純粋に「母の死」のことだけを言っているのではなくて、
母の死にまつわる人間関係や金銭問題など
いろいろな大変なことについてのことだけど。

でも、それもよかったのかもしれない。
大昔のように純粋に人の死を悲しむことができるなら、
と何度も思ったけれど、
それは悲しすぎるのかもしれない。

ぐちゃぐちゃにまみれることも
あるときは必要なのかもしれないな。
そのぐちゃぐちゃさが自分の精神を守ってくれるときもあって、
今のような弱い自分にはまだそういうものが必要だから
モノも捨てられないということなのではないか
という結論…。

いや、しかし、逆にモノを捨てることから
強い精神を手に入れられるようがんばろうと思うドコモ提供








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2015年09月05日

札幌のこと

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札幌では、札幌駅からマンションのある西18丁目まで
いつも歩きます。
大通り4丁目(にぎわっているところ)に行く時も
いつも徒歩。

その行き帰りに歩きながらいろんなことを思う訳だけど、
札幌っていいよな、
とよくしみじみ感じることが多い。

来た当初は、目に映るものが
自然以外は洗練されていない感じがすることが多くて
割と反発な気持ちのほうが強かったかもしれない。

だけど、どこまでも懐の広い大地に抱かれて、
って、そんなに比喩でもないような感覚で
受け入れてもらって
まわりのあったかいみなさんにいつも助けてもらって
なんとなく楽しい
楽しい?
楽しい、
毎日があって、
そんなのウソじゃないか!
というような
なんだか夢の中にいるような日々が
なんとなく続いている。

なんだろうこれは!?と、時々思う。
だって、これは、
わたしが夢に見ていた生活じゃないかと思って。

エネルギーの強い緑があって、でも都会で、
居心地のよいところに住んで、
そして、起きて気が向いたらすぐ友達と徒歩でお茶したりできて、
気を使わなくていい気の良い友達がまわりに住んでいて、
パーティーしたりして、
そこで私は好きなことをして生活をしている、
という。

でも、それがあまりにも自然なカタチで叶っていると
叶っていることになかなか気づかないものなのだな。

気づかなすぎて満喫できていない。

ということに最近気づき、
もっと満喫しようと決意した。

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(こんな渋いお店とかっこいいカフェとが同居しているストリートがいっぱい)

北海道のゆっくりしたリズムになれた今となっては、
東京の電車になんてとてもじゃないけれど
乗れる自信がなくなった。

一日の中で、
外で遊んで、
仕事もして、
自分の時間もゆっくり持って、
なんて東京では絶対できなかったこと!

それくらい、スピードの流れ方が違うし、
疲労の仕方も違う。

東京はすり切れていくような感じだ。
でも、それが好きだったし、
今でもきっと好き。

傷だらけの動物が飢えながら真っ暗な中を走っているような
そんな破れかぶれ感が好きだったのかも。

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坂本龍一氏が、北海道のことをエレガンスがあると言っていたそうだけど
たしかにそうかもしれない。

道で、人とちょっとかすっただけでも
どんな人でも例外なく、絶対に本気で謝ってくれる。
オートマチックに謝るのではなく、
本当に悪い事をしてしまった!というような謝り方。
それに心底驚く。

ドアは、必ず次の人のために押さえておいてくれるし、

ブッフェでガツガツてんこもりするような人は
私たちくらいしかいない。

街中に煙草の吸い殻やゴミが落ちているのを見た事がない。

若者が大声でバカみたいにはしゃいでいるのを見た事がなく、
みんな学習院出身ですか?というような上品さがある。

子供たちは驚くほど素直で生き生きとしていて、
ピカピカと光っていて、
しつけが行き届いていてうるさくない。

何かのちょっとした街のイベントなども
とても真心のこもったものばかりで、
丁寧に作られた感じがする。
そのことに感動する。

お店で売られている品物に真心がこもっているから、
パンが500円とかでも、妥当な気がしてつい買ってしまう。
エネルギーが高いのだと思う。
それを感じるから高い値段と思わないのかも。

東京は、競い合うからこそ生まれる洗練があるけれど、
北海道ではゆったりした時間の中で生まれる
心の余裕と真心がある。
どっちも好き。

だけど今は北海道にいるから、
もう二度と東京に帰ることができないくらい
このすばらしさを満喫しよう!


もし、東京で孤独を感じている人がいたら、
札幌に引っ越してきたらいいと思う。
しかも、ちゃんと稼いでいる独身男子ならば
ものすごく、人生最高くらいにモテるのではないかと思う。
なぜなら、札幌では、女子の数のほうが圧倒的に多いと
道を歩いていて感じるからです。

でも、中年独身女性にもおすすめです。
札幌では常に遊べる楽しい友達がいるし、
毎週、ハワイのようにクリエイティブなイベントがあるから
10代の頃のように楽しめると思う。

もし、私が東京に戻ることがあったとしても、
足腰が弱くなってきたら札幌にまた戻りたい。
東京のような不気味な老後の不安は感じずに
住んでいることができる街だと思うから。






posted by R (あーる) at 06:01| Comment(0) | 街をぶらぶら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年07月26日

断捨離までの150歩(なんで150??)

自然の神々が住まう家―身も心もゆったりとやすらぐ我が家がここにある (ガイアブックシリーズ)

断捨離、という言葉が
あたまに張りついて、
それをしない限り
自分の人生が始まらないような
オブゼッションにかられている。

断捨離について考えているときは、
「まず、必要なものをよけてあとは丸ごと捨てればよいのだ!」
と思えるのに、
実際にしようと思うと
できずに寝てしまう。

もう、どこから手をつけたら良いのか
完全にわからない。

射手座   射手座   射手座

去年、札幌に引っ越してきたばかりの頃がなつかしい。

本当に何もなく、
何もないからこそ、何でもやる気になり、
そしてそれをするスペースも存分にあり、
眠る前にはハダカでダンスをしたり、
朝起きたら、窓を開けて気持ちよくヨガをしたりしていた。

清々しかった。


それがどこから崩壊し始めたかといえば、

母が実家から
サランラップとかお茶の道具とかを
多量に持ってきたところあたりから
家の空気がモッタリしてきたと思う。


射手座   射手座   射手座


その後、母が地上から去り、
実家の片付けをしたときに、
母が大事にしていた着物の端切れと、
大量の着物と、
毛糸を段ボールで持ってきたところで
ノックアウトされた感じだ。

あと、大きな木のザルとか
アンティークの木の机とかも
自分の首を絞めるはめに…!


そしてさらには香典帳とかいろいろ
お葬式グッズが入っている段ボール系、

ぐしゃぐしゃになっている部屋に
仏壇を設置した時点で
もうどうしたら良いがわからない感じになった。

BFが母からもらった大量の木の棒や、
(とても意味不明。旗をつける棒らしい)
ため込み癖のあるBFの部屋の多量の本やCD、
(この本をわざわざ東京から趣味のために送って持ってきたのかと思うと腹立たしい!)
それから私が去年の暮れから制作している
オルゴナイトの材料も非常に問題。


射手座   射手座   射手座



前回、月が欠けていった時期、
かなり断捨離気分がもりあがって、
とりあえず、
母が「絶対に手放したくない」と言っていた
新品の木綿の敷き布団を整理した。

「木綿の敷き布団、身体にいいんだって。
汗をたくさん吸ってくれて
腰も痛くならないらしいよ。」
とか話していると、
こんなに貴重なものを捨ててしまっていいのか?
人間としてどうかしているのではないだろうか?
とすら感じてしまう。

布団はリサイクルができず、
どうしたら良いか本当に困ったが、
ホームレス支援団体の会が引き取りにきてくれた。
トラックにいっぱい。

利用してくれる人が誰かいるというのは
捨てる罪悪感が減って
本当に心が楽になるものだなと思った。

布団のついでに、
母のお裁縫箱や(これまた母が20代の頃から使っていた思い出の品!)
使っていないお皿なども
なんでも持って行ってもらった。


積み上げてもらっている最中に、
「この写真立ても結局捨てることになるならば、持っていってもらおうよ!」
と、プラスチックフレームの、
母が大事にしていた小さな写真立てを
BFに走って持って行ってもらった。

そして、その直後、
なんだか胸騒ぎがして
タロットに「捨てても良かったのか?」
とあわてて聞いたら、
「いま、大事なもの捨てちゃったよ!」
と出てビックリ!!

慌てて、もう一度BFに
トラックのところまで走っていってもらい、
写真立てを返してもらった。

だけど、何でこれがそんなに大事なものなのか???

写真フレームを引っくり返して良く見てみると、
「MIKIMOTO」と彫ってある。

表面を見ると、四隅に白いパールが!

プラスチックの安いビーズだと思っていたのに
まさか真珠だったなんて!雪雷


射手座   射手座   射手座



タロットに聞きながら断捨離をしていると、
「それはトラディショナルではない。もう少しルーツを大事にするべきだ」
とか、
「貴重な物を失ってしまうことになるだろう」
とか
たまに言われることがあり、
なんでもかんでも捨てればいいってものではないのだな
と思うこともある。

一番、心に残っているのは、
母が長年にわたり、
大事にため込んできた手芸のものを
使えそうなものだけ抜き取って
整理していたとき。
「そのような傲慢な態度はどうだろう?」
とタロットにいわれ、
どっきりした。


ごちゃまぜのぐしゃぐしゃになっているよりも、
もっとセンスよくそれを使うことができるのではないか
という私の傲慢さ!を指摘されたのだ。

私が不必要と感じるもの、
でも母がそれらを大切にしていた気持ちを理解せずに
かっこいいものだけ抜粋することなど、
本当に傲慢なことなのだと思う。

だから、これをどうにかするとすれば、
すべてをよく見て、
母の気持ちを理解しなくてはいけない。
それか、すべてを捨てるか。



射手座   射手座   射手座


本当に断捨離をして良いのは、
もうすこし後のことなのかもしれない。

タロットが「貴重なもの」というのは、
この世にとっての貴重なもの、
という意味ではないとおもう。

母が貴重としていたものを
私たちが理解するべき場合に
言われているような気がする。


いまは、去っていってしまった母の
残していったものと格闘し、まみれながら
その人生を知ることをしていると思う。



射手座   射手座   射手座

捨てる気分になる本。


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2015年07月25日

札幌カルチャーナイト!

先日、sapporoカルチャーナイトというのがあって、
とても楽しかった!

街じゅうで催しものがいろいろあるみたいだったけど、
やはり家からすぐの近代美術館へ。

夜21:30まで無料解放されているなんてステキ!

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(いつもこの庭に散歩とか瞑想しにばかり来ていて、中の展示を見た事はあんまりなくて申し訳ない…。)



二階でやっていた
ニッカウイスキーのボトルをデザインした
淡島雅吉氏(1913〜1979)の吹きガラスの展示が素晴らしかった。
鼻息が荒くなるほど、すごかった!

淡島ガラス カクテルグラス(雫ガラス)

ガラスを生きているものとして、
その生命を尊重してできる限り活かす作品群。
淡島氏に文字通り息を吹き込まれたガラスたちが、
いろんな風に変容して
生をおもいきり限界まで楽しんでいる感じがした。
エネルギーの強い花器などいろいろとあって、欲しかった。



その美術館ロビーでやっていた
ソプラノ歌手の平野則子さんと、
ピアニストの影山裕子さんの演奏会も、とても感動的!

階段の上でも、下でも、
そして展示を見るのに通行している人も、
子供たちもたくさんいるのに、
誰もヒソヒソ声でさえ喋っていなくて
驚くほど静か(札幌では普通のことかもしれないが)。
パフォーマンスに敬意を払っている感じがステキと思った。


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それからおなじみモンクールさんでにんじんパンを買い、
近代美術館隣の知事公館の夜の庭で寝転んで食べた。

考えてみたら、この庭は
いつも夕方には閉まってしまうので、
夜にこんなことできる機会は1年にたった1度の今日だけ!

なぜいつも庭を解放しておいてくれないんだろう。
してくれればさみしくなくていいのに。

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空に、とつぜんUFOが現れ、
Takeshi と眺めていた。
ずっと蚊のように飛んでいて、
近くに来ればいいのにとおもったけど
こなかった。


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東京でもよく中央公園でこうやってUFOみたこと思い出した。
札幌では一回しかみたことがない。
中央公園には、よく夜中の2時とかに遊びにいっていた。
懐かしい思い出。

ここでも、いつでも寝転がれる草原がほしいな。



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三岸好太郎美術館では、行って座った途端、
ジャン、ジャン!とギターライブが終了顔1(うれしいカオ)

上で三岸好太郎代表作の、ちょうちょの塗り絵をした。
Takashi画伯がものすごいいきおいで塗っていて、
テーブルが揺れて大変だった。
このカルチャーナイト、もし東京だったら、
知事公館の庭はライトアップされて
ゴージャスなパーティーが開かれるだろう、
などと思った。
一般の人は入れないかもしれない。

この、ゆっくり感というか、
地元の人が静かに楽しめる催しを作ってくれる札幌は真心があっていいなと思う。

そして、やっぱり夜っていうのがいいな。
夜が大好きだ。

札幌西18丁目は抜けがよくて、とてもcoolな街。



後日談
しかし、この札幌カルチャーナイトというイベント、札幌市内中でやっているにもかかわらず、地元の人のほとんどの人が聞いた事もなかったという…。なぜ??!各会場の超近所の人しか知らないってことでは?!




:::::::::::::::::::::
おお!淡島雅吉のしづくガラスがamazonで販売されているのを発見!
このシリーズは1950年にDESIGNした作品だそうです。展示では、しづくガラスもよかったけど、すごくぶあついゴツゴツガラスのシリーズも好きだった。





posted by R (あーる) at 04:11| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月14日

母が死んだときのこと、の詩

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去年、母はよく食卓テーブルに肘をついて、
私をじっと見ながら、
「なんでこんな子に育っちゃったんだろうか?」
と本当に心の底から不思議でたまらない、
というか、
全くもって理解できない、
というふうにつぶやいていた。

母は母なりのやり方で
おそらく私を愛してくれて、
私は私のやり方で母を愛していて、
それをお互いどこかでわかってはいたと思うけれど、
母が生きている間は、
2人の間はゴツゴツした感じだった。

母の死後、
タロットで母が私に何を言っているか聞いてみると
「この子じゃなければよかったのに」
と出てとても悲しかった。
でも、数週間経つうちに、
それは少しずつ変わっていって、
「(私のことを)理解した。」
と出るようになった。
ホッとしたし、うれしかった。


::::::::::::


私はずっと母の期待はずれなことばかりしてきた。
母の期待に添うことをすると
私が母を愛することができなくなってしまうと
思ったから。

母は、きっとそのことを理解できなかっただろうし、
寂しかったと思う。

でも、去年の春に母が病気になって、
ほんの数ヶ月だったけど
札幌で一緒に住むことができてよかった。

東京の生活をいきなり捨てて、
札幌に来てよかったと思っている。

写真 1.JPG
(母が買ったポストカード。三岸好太郎のちょうちょ)


そのときもお互いに理解し合うことは
できなかったけれど、
BFと3人で一緒に外でおやつを食べたり、
三岸好太郎のちょうちょの絵を
見にいってチェロを聴いたり、
BFと3人で毎日散歩をしたり、
そういうことができてよかった。

よく東京で道を歩いているときに、
母とそういうことができたらいいのに、
と考えて悲しくなっていたことが
何度もあったから。

母には寂しい思いをさせたと思うけれど、
そして、私が年をとって母の年になる頃には
もっと母のことを理解することができて
いろいろなことを後悔するのかもしれないけれど、
今の時点では、後悔のないように
母に接したと思う。

(私の仕事中、BFと母はよく2人で
おそばを食べに行ったり、
モンクールさんにパンを買いにいったり
デパートに買い物に行ったりしていて、
それも楽しそうだった。
BFのほうが母と散歩していた時間は
わたしよりも長いかもしれない)


::::::::::::

母は、病気で大きな手術をしたが、
大成功し回復も早くて、
札幌ではない、自宅に一人で戻っていて
お友達に電話をしている最中に
母は手術した部分とは別の
動脈瘤が破裂して即死した。

そのとき、ひとりでどんなに怖かっただろうと思い、
とても恐がりやさんだった母のことを考えると
心がくるしかった。


写真 2-3.JPG
(母が買ったポストカード。三岸好太郎のちょうちょ)

母の気持ちはわかるわけないけど、
三七日の前日、寝る前に、勝手な解釈で詩をかいた。

そして、三七日の朝、
その詩を仏壇の前でBFが読み上げていたら、
突然曇っていた空が晴天になり、
部屋に太陽の光がたくさん入ってきて、
母が聞いている合図をしているのかなと思った。
そのサインがあまりにも強烈で驚いたBFが泣いてた。

その詩を、詩のblogにひさしぶりにUPしました。
「母が死んだとき」http://beforesleep.jugem.jp/?eid=81

この中に出てくるスカーフというのは、今までみたこともないくらいおしゃれで個性的な手織り作家制作のもの。たまたま近所で展覧会をやっていたことを知り、最終日に買いにいき、プレゼントしあいました。母のはお棺の中に入れてあげたので、この世にはもうない。
タグ:母娘
posted by R (あーる) at 06:37| Comment(4) | 今日の詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月01日

おもしろいタクシー運転手さん

トミカ リミテッドビンテージ LV-N43-10a セドリック日本交通タクシー

今日、すごいおもしろいタクシーの運転手さんに乗せてもらった。

ハラペコリンコさんが主宰するイベントに出店させてもらうことになっていたのだが、
11時すぎくらいに着かなくてはいけないのに、起きたのは10時過ぎ!

親切な方が車で送っていってあげると事前に言ってくれていたのに、私たちは「街並を見るのがおもしろいから歩いていきます」なんて言って、、
しかしとてもそれどころではなくなり、荷物も重くてタクシーに乗ってしまった…!


タクシーに乗り込み、
「南11条西7のオノベカまでお願いします」
と、iphoneに書いてあった住所を運転手さんに見せて、
でも外部の人間だと思われたらぼったくられる可能性もあると思い、
「いや〜、今日は歩いて行こうと思ったんですけどね、寝坊しちゃって」
「無理無理!あんなとこまで歩くなんて、絶対無理だよ」
「いえ、わたしたちはいつも札幌駅まで歩いているんですよ」「30分くらいで着くんです」
とか
札幌人を気取っていた…
つもりだったのに、
運転手さんときたら、
まるで私たちが札幌を知らないかのように、
「札幌って街はさー、信号が長いからね」
とか
「東京にくらべて札幌ってとこは、…」
とか、
「俺も東京に住んでいたの、20年もね、新小岩。20年もよっく住んだよな〜、あのね、一回下町に住むと抜け出せなくなっちゃうんだよね」
とか勝手に言ってる…。


ついに、BFが負けを認めたかのように、
「運転手さん、すごいですね、どうして僕らが札幌の人間じゃないとわかったのですか?」
と聞いたら、
「やっぱりしゃべり方が違うからさ」
と言っていた…。
ちがうだろうか???ふらふら

私たちの敗北気分がどよ〜んと車内に流れた中、
運転手さんは突然おもしろいことを言い出した。

「俺もさ、今でも東京よく帰るよ、今年だけで、2回。全部葬式ね。力也が死んだし、〇〇(聞き取れなかったが、たぶん有名な人)も死んだからね、行かなきゃなんなかったわけ。力也、安岡力也

「え!安岡力也!」

「うん、向こう住んでるやつなんかもうみんな年取っちゃってヒマだからさ、いっつも来い来いうるさいんだよ。でも、いいよね、東京行っても泊まるとこあるしさ」

BF「運転手さんはいつ札幌に戻られたんですか?(最近、知り合いから「タクシーの運転手も外部から来た人多いから、意外と道知らないよ」と聞いたばかりで不安になったらしい)

運転手さん「俺は15で東京行って〜、」

BF「あ、札幌出身なんですか(やや安堵)」

運転手さん「うん、そう、で、20年以上だね、ずーっと新小岩。江戸っ子ってさ、「ひ」って言えないんだよね、「し」になっちゃうんだ。俺なんか最初何言われてっかわかんなかったもんね」

BF「は〜

運転手さん「で、女房、子供できてさ、あんな満員電車乗るようなとこ住めねえよ、あんなぎゅうぎゅうしたのさ、ってことでこっち帰ってきたわけ」

BF&me「そうなんですか〜(意外と札幌長いんだ、と安心)」

運転手さん「でも、札幌住んでたらおもしろいことけっこうたくさんあるんだよね、雪祭りだなんだって、みんな必ずあっちから遊びにくるしさ。あ、この間、ここ曲がったとこに昔キャロルにいたやつが店やっててさ、偶然でビックリしちゃったよ、俺もビックリしたけど、向こうも〇〇さん、なんでこんなとこいるんですか!ってさ〜」

BF&me「

運転手さん清志郎が来た時も、俺が乗せるよ、死ぬ前来たときもさ、俺が厚生年金まで乗せたよ、あ、陽水とかもおんなじ事務所でさ、おれ、あいつが18の頃から世話してやってっからさ」

BF「運転手さんも歌ってたんですか?

運転手さん「えー、うん、そう。おれは演歌ね、だからが病気で出れねーってときにさ、オマエ、代わりにスパイダーズで出ろって言われたんだけど、俺やだ!っつったんだ、あんな変な歌歌えねーっつって断ったよ、だってやだよ、フリフリ、なんてさ」

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BF「運転手さん、いい声してますもんね…

運転手さんは演歌というよりはソウルシンガーのようなハスキーで確かにかっこいい骨のある声をしていた。

運転手さん「ホラッ」

信号待ちの間に、運転手さんがiphoneの写真をパッと見せてくれたのだが、
そこには、井上順と堺正章と、そして真ん中に運転手さんが写っていた。
たしかにファンを囲む芸能人というよりは、友達同士な雰囲気。

私「え〜!すごい、ね
 と、BFを見たが、彼はその「パッ」の瞬間を見逃したらしく、何が起こったのかまるで知らないふうにむっつりとしていた。

私「いまの井上順ですか? 井上順てふつうの写真のほうがずっといい男なんですね〜

ゴールデン☆ベスト

運転手さん「そうだよ、は昔からいい男だよ。かまやつはさ、森山良子といとこなんだよね、〇〇が〇〇のきょうだいだからさ、
あ、この黄色い建物じゃないの?」


なんだか、盛り上がっている真っ最中にオノベカについてしまい、ちょっと残念だった。

私「すみません、1万円しかないんですけど、いいですか

運転手さん「いいよいいよ、ここに一万円落としていきなよ」

私「(かっこいい〜(≧▽≦))

最後に、
「モダンな頭だね」
とにっこり言ってくれたので
運転手さんも、またぜひ歌ってください
と言ったら端数の30円おまけしてくれた。

おもしろかった。

BFはあんまり信じてないふうな顔をしていたが、
わたしはあながち嘘ではないと思った。
それは、運転手さんの声のせい。


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桐野夏生さんの本「OUT」に
犯人が警備員のフリをして主人公に付き添って歩くシーンで、
こんなしっかりした声の男が警備員であるわけがない、
と主人公が思うシーンがあって、
このことをほんとうによく思い出すんだけど、

今日のこの運転手さんは、
タクシーの運転手ではありえない声(と声の出しかた)をしていた。

たとえ嘘だったとしても、とてもおもしろくてエキサイティングな人だったので、タクシーに乗るときにはまたぜひこの運転手さんにお願いしたいと思ったほど。

後で、「今日、すごいおもしろいタクシー運転手さんに会ったんですよ」
と人に話したところ、
「もうそのタクシーには乗れないの?また乗れたらおもしろいのに」
と言われ、
ああ、名前を覚えておけばよかった!
そしたら指名することもできたかもしれないのに!!
と激しく後悔。

そう考えてみると、
この運転手さんはこの話術で指名を取る事ができるんだな、
とも思った。

朝からおもしろい人に会えてたのしかった。
またいつかこの運転手さんのタクシーに乗せてもらうことができますように。



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2014年11月23日

レイキマスターたちとのお茶会

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今日は、身体の調子が悪い時にいつもお世話になっているエナジーアートでお茶会があるということで、レイキのことは全く無知な私ですが、参加させてもらいました。なぜかといえば、このエナジーアートの小林先生にお会いするといつも楽しい気持ちがわきあがるから、きっとお茶会も楽しいにちがいないと思って(´∀`*)!


しかしお茶会では、私以外のみなさまはレイキティーチャーの資格を持っておられる達人の方々ばかり…。
そんな中、小林先生がたった一人のド素人の私のために、インターネットでREIKI1のアチューンメントできるやつをダウンロードしてくださり、
これってほんとに不思議なんだけど、ただ名前を書いてダウンロードするだけでレイキが使えるようになるんだって!

「どう?僕の手はもうじんじんしてきたけど」と先生に尋ねられ、「え〜!」と焦りましたがしばらくしたら本当に手の平がじんじんしてきて、お茶などに手をかざしてみると確かに自分の手から何か出ている感じがはっきりわかるようになりました。

なんでこんなことが起こるんですか?と聞いてみると、このソフト作った人がそのソフトに気を入れたからなのだそうです。なるほどひらめき

私一人が素人なせいですごい時間を喰ってしまっていて大変申し訳なかったですが、マスターのみなさんは楽しげにおしゃべりしながら待っていてくださってありがたかった…。

みんなで輪になって、手をかざしあって気をまわしてみたりしたのもおもしろかったです。
(今日は初心者(私)にみんながレイキを紹介してくれたお茶会だったと思う。私のせいで…モバQ


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レイキ 宇宙に満ちるエネルギー
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そして最後に、今日、来るはずだったのに風邪を引いてしまって来られなかったというYちゃんという人にみんなで遠隔ヒーリングをしよう!ということになりました。

うお〜!魔法っぽくておもしろい!と思ったけど、私は遠隔レイキヒーリングのやり方を知らないのだった。
先生が説明してくれようとぬぐるみをつかんだとき、
そうだ!と思いついたことがありました。

「私はレイキの遠隔ヒーリングはできないのですが、MAPコーニングを開くやり方でだったらできるので、私はそれでやっててもいいですか?」
と聞いたら、
先生はじめみなさんが興味を持ってくれて、
先生が「じゃあ、今日はそれでみんなでヒーリングしようか」
といって、なぜかわたしがYちゃんのMAPを開く言葉を言う係になってしまいました(大汗)。

これは、非常に簡単で(以下、それを呼び出したときの台詞)、

「これからYちゃんのヒーリングのためにMAPコーニングを開きます。
そのために次の存在を呼びたいと思います。」

「超越光体である癒しのディーバ、お願いします」

(存在が来たことを実感してから)

「パン、お願いします」

(存在が来たことを実感してから((以下同様))

「ホワイトブラザーフッド医療チーム、お願いします」
(私はうっかり「ホワイトブラザーフッド医療チーム」のことを「ブラザーフッド…」と言ってしまったのですが、小林先生がちゃんと「ホワイトブラザーフッド医療チーム」と呼び直してくれて助かりました!)

「Yちゃんのハイヤーセルフ、お願いします」


と言って、心の中でYちゃんのヒーリングをお願いすれば良いだけ。

(※1時間くらい経って治療が終わったら、各存在にお礼を言って、開いたMAPを閉じなくてはいけない。)

これは、図書館で昔かりた「聖なる癒し」という本に載っていたものですが、⇩
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数年前に、初めてまじめにこれを1人でやってみたときは本当にビックリしました。
半信半疑でやったのに、身体がガクガクすごい勢いで振動して、それがいろんな箇所にうつって、本当に身体がスキャンされて修理されてる!的な感覚がはっきりくっきりとあったからです。
おもしろいから毎晩寝る時にやっていて、1週間くらいはかなりガタガタと大きく身体が動いていましたが、その後はあんまり動かなくなりました。
これって、大きな修理が終わったってことなのね、と思った記憶があります。
このやり方で疲れてる人の肩に手を当てたりするだけでも、相手が敏感な人ならすぐに「なにこれ?」と気づいてくれるくらいパワフル!


「気」の体感に疎い私にでさえこんなにくるのですから、気のマスター達ならすごくこれが敏感にわかるのではないかと思いました。

そうしたら案の定、癒しのディーバを呼んだ時点で、「あ、来たね、すぐにドン、と降りてきたね」
と先生やみなさんがすぐに言って、私も同じように感じました。
ひとつひとつの存在を呼び上げてから、来た実感を待って、それから次の存在を呼び出すわけですが、
一人でやっているときはもっと存在を感じるまでに時間がかかったし、こんなに派手な感じの登場ぷりではなかったです。
でも、レイキのマスターたちがたくさんいる空間だと、こんなにも存在の登場がはっきり私にもわかるのか!と思い、それがすごく新鮮でした。


それから、レイキのマスターたちが、せっかくレイキの会だというのに一緒にコーニングMAP使ってくれたこともうれしかった。

子供のとき、友達と遊んでいたときの気持ちを思い出しました。
純粋な好奇心と、ただ単におもしろいことに夢中になっているあの感じ。
今日もそのときみたいに楽しかった ドコモポイント




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片野氏の研究をTwitterで拝見しておもしろいな〜!と興味を持ちました。これをマネして身体の痛いところにオパンヤ(BFの描いてる4コママンガのキャラクター)を描いたら、痛さが軽減した気がした不思議。





posted by R (あーる) at 02:14| Comment(4) | スピリチュアル&ヘミシンク | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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