2018年05月07日

野放しの自由が許されている私

放し飼い昆虫記


先日、Netflixのリアリティ番組で

トゥレット症候群の男の子が、恋人を見つける番組を見た。

(「恋人を探して!デートでいつも悩むこと」シーズン2の1話目。)


トゥレット症候群というのは、

自分の意図とは関係なく、

チックがとまらない症状をいうらしい。



その男の子は、

俳優になれるくらいかわいい顔をしていて、

性格も陽気。


ずっと一緒だった恋人とつきあっていた間は、

みんなから「治ったんじゃない?」と言われるほど

チックが軽減されていたそうだ。


なのに別れて以来、とても激しい症状がとまらなくなり

困っていたそう。



道を歩いていても、

「死ね!この豚野郎!売女!」とか

大きな声で、

彼の意思とはまるで関係なく

口からののしる言葉が飛び出てしまうのだ。

(勘違いした人から殴られるんじゃないかとヒヤヒヤした)




それを見て思ったのは、

トゥレット症候群ではない人は、

ただ単にそれをうまく押し隠していることができているというだけで、

人間はみんな心の奥に、

まっくろな闇(憤り、怒り、憎しみなど)を持っているんだろうなということ。


トゥレット症候群というのは、

それが単に、わかりやすく溢れ出しているだけにちがいない。


こんな明るい男の子でさえ

こんなに罵りまくっているのだから。




::::::::::

敏感にもほどがある



その番組を見たのがきっかけとなったのかはわからないが

(目の前の人や、テレビの人の感情を

まるで自分のことのようにして感じてしまう特性があるため)


わたしはその後、数日に渡り、

自分の嫌なところを振り返ることをしていた。


今まで一度も思い返したこともないような大昔のことが

突然、いくつも蘇ってきたのだ!


それは脳天を殴られるような衝撃だ!


それらは、あまりにもひどい行為すぎて

ひとつひとつ反省する気にすらならない。


=向き合いたくない。


"そんなの本当の自分じゃない"

"たまたま、そのときはいろいろなことが重なってそのようなことになった”

というような感じで捉えたい。



だけど、きちんと向き合わなかったとしても、

大きく見たところで、

自分は最低なゲスな人間だとしか思いようがないと思った。


(もしかすると、こんなこと思うのも、

先日の誕生日@Contact Tokyoで楽しい一夜を明かしたあとの

サイゼリアで、隣の席に座ったHip Hop DJたちの会話が

耳に残っているから?


彼らは、言い争いをしていて、

責められていた一人が、

「俺はゲスな人間ですよ、俺ほどゲスな人間もいませんよ」

と言っていた言葉が、ぐわ〜んぐわ〜んと

わたしの頭に鳴り響いた)



::::::::::



こうやって自分の酷さに、改めて、というか、

こんなに酷いということにほぼ初めて、気づいてみると、


今まで自分に対して

どんなひどいことをした(ように見える)人の行為ですら、

自分に比べたら根本的にかわいいものではないかとすら思った。


そして、自分の酷さなどすっかり忘れて、

自分はもしかしたら

それほど悪くない人間な方なのではないかとすら

感じていた自分が信じられなかった。


小学校の時の担任の女教師が

「Rちゃんはこのままいったら刑務所行きですね」

と家庭訪問で母に言ったらしいが、

その先生が言ったことは、かなり的確で正しいだろう。


刑務所の中 (講談社漫画文庫)



(刑務所に入っている致命的な犯罪をした人間は、

やはり自分の罪と向き合うことは嫌だろうと思う。

つらすぎるからしないと思う。

だけど、反省していないかといえば別の話で、

ただ、漠然と、自分は最低だと感じるだろう。


あまりにも罪の重さを感じすぎたら、

もう開き直って悪人として一生をすごすほうが楽だ、

と私なら思うかもしれない)



::::::::::


滝田商店ブランド 榊 造花(一対) (全体の長さ33cm)◆神棚(お宮)・神殿の神具、神前のお供えに欠かせない道具【滝田商店発行 証明書付】


しかし、こんなにも最低な自分であるにも関わらず、

私はまだ刑務所には入っておらず、

全く問題はないわけではないが、

まるで普通の人と同じように自由に過ごすことが許されていて、

特に不自由もなく、

好きな仕事をさせてもらっている。



何より、自分にぴったりの彼と出会い一緒にいるなんて、

神様って、

とてつもなく寛大なんだなと思った。



寛大すぎるくらい、

人間ではありえないほど

だから神様なんだ。



今から、もっともっとマシな人間になったとしても、

それでもまだきっと埋め合わせるには

足りないくらいな最低さだと思ったから、

この時ばかりはTarotがよく言っている

「過去は関係ない」「罪なんてない」

とかいうことを考えるのが

ちょっと難しかった。


が、


神様が寛大な措置をしてくれたことを踏まえて、

このことの結論を

どう持っていけばいいのかと考えてみた。


私の猫たち許してほしい (ちくま文庫)



まず、思ったのは、


今後、誰かが自分に

ひどいことをした(ように見えたり感じたり)としても、

責める資格など私には全くないということだ。


だって、自分は、それ以上にひどいことを

他で誰かにしたかもしれないのだから。


そして、虫がよすぎる願いだけど、

「願わくば、私が人にしたひどいことを

誰もが個人的に受け取らず傷つかないでいてくれればありがたい」

とも思った。


なぜなら、それは

その人が悪いわけでは1mmもなく、

すべては私の、心の狭さだったりエゴのせいなのだから。


ゆえに、私は、

誰かが自分に何かをしたとしても、

「こんなひどいことをされた」とは受け取らず、


その人が、

その人の感情のまま、

動き回っただけだと考えればいい。


野放しで自由にいきることが許されている私にとって、

それは、唯一、過去の自分を許す方法にちがいない。

そして、そうしたら本当にタロットが言っているように

誰にも罪などないのだ、と、思った。





Yeager Tarot of Meditation Deck


::::::::::


ちなみに、あのトゥレット症候群にかかっている男の子には、マッチメイカーがゴスなメイクをした女の子を紹介した。彼らは、共通の趣味の映画の話で意気投合し、不思議なことに彼のチック症状は彼女と会っている間、出なかった!彼女と会う直前まで、5秒の隙もないほど悪態つきまくりだったというのに!幸せだとチックが止まるんだ! もし、彼女と彼の相性が悪かったら、チック症状は続いたままだっただろうと思う。それから、強く個人の趣味を持つことって大事だなとも思った。人とわかち合うことができる種だから。
posted by R at 07:10| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
アクセス解析タイ・バンコク情報