2018年04月21日

父の誕生日に考えたこと

Journal Flowers Pretty White Lilies

今日(もう昨日)は、
(天国在住)の誕生日だった。


百合のお花とフルーツを買って、
それから、桜餅を買おうと思って成城石井行ったら、
そこでお財布がないことに気がついた😖💥


あわててその一つ前の店、
フルーツを買ったところに戻ったら
買い物後にみんながカゴから袋に入れたりする作業棚のところに
私のお財布がまだちゃんと乗っていた。


お財布の中身はあと400円しか入ってなかったから
誰も取らなかったのかも🐶✨

世の中、いいひとばかりがいる気がした。



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実りの庭
実りの庭
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光野 桃
文藝春秋
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今日(昨日)は、実りの庭という本を読んだ。

光野桃さんが
お母様を介護されたときのことが書かれていて、

それでその後、
わたしは、ずっと両親のことを考えていた。

「Rの両親が、偶然にも二人とも
介護とかの必要もなくポックリ逝ってしまったのは、
Rへの最大の子孝行なんだと思うよ」

と、BFが言った。

私もそう思う。

本当に、よくそう思う。



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私くらいの年齢で
両親が2人とも亡くなるというのは
けっこう珍しいそうだ。

しかし二人ともこの世を去ってしまった。


以来、私は、
死というものについてよく考えるようになった。

よく思うのは、

母は怖がりやさんだったのに、
よく見事に一気にラインを越えることができたということ。


死ぬ瞬間は怖くなかっただろうか。

怖くなかったらいいんだけど。

母が怖いと思う暇がないほど
すぐに意識がなくなっていたらいいと思う。


怖がりやの母が
そのようにラインを越えることができたのだから、
きっといつか私にもできるだろう。


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両親が亡くなってから、
このblogはこのように
年寄り臭い話題ばかり書いている気がする。


自分の中で、
両親がこの世にいるのと、
いないのとでは
やはりちがいがあるのだと思う。



何が一番ちがうかといえば、
もう何も誰にも証明したり、
誰かの期待に応えなくていいということ。



親がこの世にいた時には、
何か認めてもらいたい気持ちがあったと思う。
それから、喜んでもらいたいという気持ちがあった。


だから、この世でいうところの
人目につくことを何かしなくてはいけない部分があったけれど、
もう今はそんなことが必要なくなって、


必要なくなって気づくが、
私はずーっと穴蔵に隠れていたいような人間なんだということだった。




Little Mole, Please Open the Door!



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両親のことは、ほぼ毎日思い出す。

両親がこの世を離れてしまった人たちは
みんなそうだと思うけど、

わたしも父や母の純粋性をよく思う。



何があっても、どんな時でも、
絶対に人のことを悪く思わず、
人のことを絶対に悪く言わない父は、
純粋すぎてわたしには未知だった。


母は、いろいろと心配して守ることも大事にもする人だったけど、
大胆なところもあった。

そして、誰も見てなくても、
行うことにはすべて真心をこめてする人だった。

母が何かを適当にする姿は見たことがない。



天国に行ってしまった両親の
純粋性だけがこの世に残り、

私は、何もする必要がないと感じるのだ。

両親のように純粋になれるよう努力する以外には。





A Deluxe Book of Flower Fairies




うちは普通の家庭よりもかなり厳しい家だったと思う。
それなのに20代のときBFと一緒に暮らすことを許してくれた。
母は、「お母さんは、Rちゃんが一人じゃないことが安心でいいとおもうの」と言っていたが、おかげでそばには彼がいつも一緒にいてくれている。これ以上ない楽しい仲間を与えてくれて、この世で出会わせてくれた神様にいつも感謝します。それから、愛しすぎるほどたくさんわたしを愛してくれて、たくさんのものを与えてくれた父と母、祖父母に感謝します。




posted by R at 05:16| Comment(0) | 日常 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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