2017年04月28日

タロットカードの世界のようなミュシャ展

写真 4-1.JPG

ミュシャ展を見に行ってきた。

根津美術館に行く予定だったのだけど、
なぜか突如ミュシャ展に変更したのだった。


この日は、タロットに、

「外側には何も期待してはいけない、
自分の中を掘ることだけしかできない、
それ以外はナシ」


と言われていたので、
私は今日、ミュシャの絵には感動しないのだ、
くらいに思って行った。


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写真 1-1.JPG
(最後の一画は写真OKなエリアだった。自分も撮っておきながらこんなこというのもなんだけど、このようなサービスは必要ないと思う。お互いに撮影の邪魔にならないようにいるのがけっこう大変)

晩年の約16年間を捧げた渾身の作品、
《スラヴ叙事詩》(1912-1926年)20点は、
とんでもなく大きな作品だった(およそ縦6メートル、横8メートル)。

チェコ国外では世界で初めて、全20点まとめて公開されるのだという。



タロットが言うように、
確かにただ見るだけでは、
何も感じられなかったので(私に琴線がない)、
感じるまで1点ずつ、じーっと見て待つことにした。


全部、そのようにして見て行くと、
この作品群は、
まるでタロットカードの世界のようだなと感じた。


写真 2-1.JPG


最後の20点目の作品なんて、
まるでタロットの21「世界」みたい!


「許し」というイメージが
強く浮き上がってくる気がした。



それから、スラヴ叙事詩の作品群ではないけれど、
「ハーモニー」という作品があって、
それは、
人間の視点よりもはるかに大きなものが存在する、
ことについての絵だった。

「理性と愛の間で調和をもたらすのは英知である。」ことを描こうとしたって書いてあった。


勝手な想像だが、
こんな絵を描くなんて、
ミュシャは、黙々と作品を作っている間に、
スピリチュアルな旅をしていたのではないかと思った。

せっかく
自分の生涯をかけて描いた作品が出来上がっても、
評判は全然良くなくて、

挙句に、ナチスに愛国者と思われて
何日も詰問された後、体調を崩して亡くなったらしいが、
それを悲惨とかかわいそうとか、そのようには思わない。

なぜなら、彼はきっと、絵を描くことを通して、
そんなことは不幸でもなんでもない単なる「出来事」ととらえる、
ということを知ったのではないかと思うから。
あるいは、それを知るために絵を描くことになっていたのかもしれないと思うから。
宇宙のめぐりはすべてうまくいっているのだと思う。
そのようなことをミュシャは作品で描いていたと思う。

不謹慎かもしれないが、個人的にはそのように感じた。

ミュシャ展
会期:2017年3月8日(水)−6月5日(月)まで。
会場:国立新美術館 企画展示室2E
場所:〒106-8558 東京都港区六本木7-22-2
毎週火曜日休館 ただし、5月2日(火)は開館
10:00-18:00
※金曜日は20:00まで
※4月29日(土)−5月7日(日)は20:00まで
※入場は閉館の30分前まで



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以下、作品を見ながら書いていた勝手な個人的なメモ。

1. 悲しいとか、戦っているとかいう「概念」があるだけ

2. わたしたちは生命を繰り返しているだけ

6.平和、幸せという気持ちだけリアル

5. 「しなくてはいけないこと」

4 .書かれることは全部ほんとうは嘘。人に対して信じさせたいことが書いてある

3.輪の中をくぐらせる。従わせる。狭くする。通り抜けること

13 閉じこめられたエネルギー。閉じ込められているからそれを信じること

11;太陽を出す力が問われる。それが無理なほど重いものをひきずったときに

14:だいなしにすること、狂った世界。

10:見える範囲内で、フォーカスを当てる場所

9: みんなのかんがえをひとつにするのは無理

7: 調教、傲慢

16: 彼の思いは誰も知らない。そしてそれで良い。宇宙に海に広がるだけ

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●自分でどうにかできると思う「自力」。起こった出来事を信じ込むのは「自力」を信じること

●「犠牲」とは交換条件として、何かを勝手に信じてコントロールしたい気持ち

●警護とは、守れないものを守ろうとする危険さ

●青春とは自分の力が大きくなったように感じ、ちからがみなぎること


●想像力とはみたことのない何かを超えること

●「独立」は思い込み

●ハーモニー(調和)、もっと大きなもの

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半分見た時点でくったくたになりソファーで脱落しそうになりました。
絵が異常に大きいから??

そういえば、気力を取り直して最後にもう一回最初から見て回った時に、
人が少なくなっていくらでも遠くから作品を見ることができたのだけれど、
距離によってその印象が大きく変わるとも思いました。
3Dのように見えるのもあった。


posted by R (あーる) at 01:29| Comment(0) | 街をぶらぶら | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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