2018年11月21日

ブラウス・ワンピース製図講座に。

Practical Pattern Making: A Step-by-Step Guide


喉元すぎれば熱さ忘れる、
かのように、

激やせするほどパンツ基礎講座が大変で
ヒーヒー言っていたことも忘れ、
今度は、ブラウス・ワンピースの製図コースへ。





初日、行ってみたら、クラスの3分の2は、
前回のパンツコースで一緒だった方々だった。

お話したことも(みんなそんなヒマなどなくて)
ほとんどなかったけど、
お顔を知っているというだけで
なんと安心な気持ちになるのだろうか!

みんなは製作の方の授業も同日に受けるとのこと。
すごいな〜!と思う。
私なんて、製図だけで頭がパンクしてしまう😵


今回も、3時間ぶっ続けで
ブラウスの製図の仕方を教わり、
燃え尽きた🔥

(教えてくれる先生も((今度は女性の先生だった))
休みなしでずーっと指導してくださって
我々以上にお疲れになったのではないかと思う。 )




IMG_2836.jpeg


いつも学校に来るたびに思うのは、
毎日通う昼間の学生と、講座で通うわたしとでは、
徹底的に習う量も作る量もちがうだろうということ。

(このような濃密な授業を
1日中毎日受ける気力があるかといえばないかもしれないが)




私はいつか自由自在にパターンを書くことができる日が来るのだろうか??




できないからどうにかできるようになりたい!
という、
その、何かに引っ張られるように
暗闇の中を進んでいくような感じが楽しい。









ラベル:洋服作り 服作り
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2018年10月07日

パンツ基礎講座終了!



とうとう、今日でパンツ基礎講座が終了した。

毎週毎週、一つ一つの行程を
文化の先生が丁寧に師範してくださって、
それを汚い字でメモし、解読(自分の字を)し、
頭から湯気を上げながら、
何回も失敗しながら解きながらやり直して、
やっと初めてのパンツを作ることができた。
(ベテランの人が見たらプッと笑うような出来だけど)

採寸、そしてシーチングでの仮縫いまでも
初心者のわたしにとっては大変だったけど、
そこから本当の布地で作っていくときの大変さ
(しつこいようだけど初心者だから!)のほうが
もっともっと大変だった!

Balenciagaふうにチェックのパンツがいいな〜
などと、
初心者ならではの身の程知らずなことを考え、
柄合わせが大変なチェック柄を買ってしまったわたしはバカだった。

スクリーンショット 2018-10-07 2.04.14.png
(Balenciagaのインスタグラムより)

しかも地直しもきちんとできないので、
柄がグネグネで
それに合わせて2つ同じく切るだけでも
2日徹夜してしまったほど。

あまりにおかしな格好で長時間集中してやっていたので
しまいには腕が1ミリ動かしただけで激痛!
大変なことになったのだった。


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布人倶楽部 綿100% 先染めタータンチェック グリーン系 108cm幅 カットクロス (50cm)
(これは、まさに私が購買で買ったのと全くおなじ布地!)

そこからはもう、元のパターンから離れ、
チェックだけをおいかけて行く羽目になった。

だけど、仮縫いをしたときに
サイズをかなり大きめに変更していたから助かった。
(かなりタイトな腰回りだったので、
冬になったら履けなくなるだろうと思い、
夏休みの間、どうしたらいいのだろう?と悩んだ。
いろいろと調べたけどよくわからないままパターンをいじるのがこわくて、服飾縫製のプロでなおかつ星読みの達人のHANA T.さんに何度も質問して教えていただいたり((HANA T.さん、ありがとうございます!!))七転八倒していた。そして最終的には、先生に線を引き直していただいたのだった。)



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改訂版・服飾造形講座〈2〉 スカート・パンツ (文化ファッション大系)


ワイドパンツ、ベルボトム、スリム、フレア、ストレート、
と、製図で教えてもらったうちの
どれを作っても良かったのだけど、
わたしはワイドパンツそのものではなく、
ストレートパンツなのにワイドパンツのようなものが作りたいと思った。

昔に作られただろう教科書のパターンならば、
きっとストレートパンツを基本に、太くしたほうが
今の自分の気分に合う形になるのではないかと
思ったから。



作っている間、ずっと考えていたことは、
もしこれが「今」履けないような古臭い形に出来上がってしまったら
とってもがっかりしてしまうだろう、
とてもがっかりしてハートの一部が塞がってしまうかもしれない、
そうならなければいいな、
そうなりませんように!
ということ。

でも、私たちを教えてくださっていた先生は、
若い男性の方だったので、
そうならないように私たちのパターンを導いてくださったのだと思う。

出来上がった形は、
こんなふうにできたらいいなとイメージしていた形にとても近くて、
細部は人に見せられないくらいぐしゃぐしゃだけど、
とても満足している(これこそ自己満足)。
その満足とは、普段に使いたいものができあがったということ🌟




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工夫されたポケットの縫い方 (合理的なテクニックを写真で学ぶ)
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せっかくなので、
後ろのポケットと、
それから、ベルト通しも、
教科書を見てつけてみた。

後ろのポケットは、前に実験してたのでそんなに難しくなかった。
横のポケットやジッパーのほうが大変だと感じた。
(先生の師範をビデオで撮らせてもらって、
30秒ごとに再生していって、そのとおり作ったらできた。
まるで魔法のようだと思った。)


先生に「(後ろポケット製作は)初めてですか?」
と聞かれ「はい」
とうそをついた。
2回目だったらもっとうまく作れるはずだと思い、
恥ずかしかったから。


そして、今までは作業が大変すぎて
質問する機会もなかったが、
今日は最後の日だったので、授業の終わりに少し時間があり、
「先生、これからどうすればいいんでしょうか?!」
などとバカみたいなことを聞いてしまった。

「最終的にどうなりたいかによりますね」
「今は夢のような話ですが、自分で自分の服を好きなように作れるようになりたいです」
「すべてのパターンを作ってみたらいいですよ」
と先生はアドバイスをくださった。

スカート、パンツ、ブラウス、ワンピースなど、
あらゆるものをがんばって作ってみたらいいそうだ。
そして、今回作ったストレートパンツも、
1回だけじゃなく何回も何回も作ってみたらいいとアドバイスをいただいた。

そうだ、そうしよう!

このまま続行で後期の講座を受ける気力はないが、
来年の春にはまた学校で教えてもらうかもしれない。

その時まで、自分でたくさん作ってみよう。

だけど、このパンツ講座だって、
教科書には書いていない大事なことを
たくさん教えてもらったわけだし、
独学でやっていると
大事な何かを知らないまま作ることになるのかもしれない。
だけど、それは先生がおっしゃるように、
何回も何回も作ることで解消される
(強く疑問が浮かび上がって答えをどこかで見つけることができるのかも)のかも。


「すっごい時間はかかりますよ、昼間の生徒だって昼間ずっと授業受けてそれでも3年かかるんですから」
と、先生はおっしゃっていて、
ほんとうにそうだろうと思った。

昼間にずっとこのようなハードな授業を3年も受けたら
すごい技術が身につくだろうな。

でも、そんなことは18歳くらいのバイタリティがなければ
きっとできない。

中年がそんな勢いでやったら死んでしまうだろう。

だからゆっくりでいいけど、
地道に投げ出さず、
もう足腰弱って洋服買いになんて行けない!っていう頃に
ちゃんと好きな服が作れるようになれていたらいい、
というのを目標にしよう。




IMG_2540.JPG
(これが学校で作ったパンツ)


やはり、本などで売られているパターンは、
作ると、何か自分とはちがうと感じる。
学校で作ったものは、
めちゃくちゃな縫い目だったとしても
自分の気持ちにフィットしたパンツと感じられたことが最大の喜び。

そういう気持ちになれるようなお洋服を
自由自在に作れるようになりたい。


:::::::::::::::::::

:余談:
スクリーンショット 2018-10-07 2.03.39.png
(Balenciagaのインスタグラムより)

購買で、木綿のチェックを買った時、
レジの横に、まさにこのBalenciagaそっくりな
黄色いチェックの布地が売られていて
は〜🌟と目を奪われた。

それに気づいた店員さんが
それは肉厚のwoolですね
と教えてくれて、
私にはそのような高級品はまだまだ早いと思って諦めたが
こんなに何回も縫っては解きを繰り返す羽目になるなら、
安い布地を選んでやはりよかった(-。-;。



posted by R (あーる) at 03:56| Comment(0) | クリエイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年09月23日

佐村河内守氏のファンタジーの強度

Netflixに、森達也監督(ファンです)の
『Fake』というドキュメンタリーが入っていたので見た。

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佐村河内守氏という方を追った作品なのだけど、
彼は、作曲家としてものすごく売れていたみたい。

でも、じつはゴーストライターが彼の曲を作っていたとして
徹底的にメディアに叩かれ消されてしまった、
という事件があったらしいが、
わたしの家にはTVがないので、
そんなことが起こっていたことは全く知らなかった。




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Fakeでは、彼が本当に創作をしていないのか?
というようなところに焦点が当てられた作品のような気もするが、
そうではないかもしれない。
何を焦点として作ってあるのかは
わたしにはよくわからなかった。

森監督はただ佐村河内氏がどういう人物か、
をそのまま撮るということがしたかったのかも。


『Fake』の中で、外国人の記者がインタビューにきて、

新垣は彼自身が創作したという証拠がたくさん持っている、
でも、あなたは?何かひとつでも確かにあなたが創作したという証拠を見せてくれないか?
たとえばピアノを弾いてみてくれないか?
などと、言う。

外国人記者は、
佐村河内氏を疑っているわけではなく、
確かな証拠を欲しがっていて、
それで佐村河内氏を擁護してあげたいようにさえ見えた。

しかし、彼らがした質問というのは、
森監督のようなするどい人でさえ
彼にはしなかった質問であり、
彼を疑問視している日本人でさえなぜかしない質問であり
(疑っている人は批判しかしないように見えた。証拠を見たいとも思っていないよう)、
非常に率直なのだった。

しかし、佐村河内は、シンセサイザーは家にないと言うし、
ピアノもずっと創作から離れていたからろくに弾けない、
などと明らかに怪しげにしか聞こえないようなことを言う。



その後(この編集によると)、森監督は
佐村河内氏に苛立ち始めたように見えた。

それで、自分ひとりだけで曲を作りませんか?
と、佐村河内氏に強く提案するのだけど、
佐村河内氏はあまり乗り気ではないように見えた。
(結局したけど)

そんな彼に、わたしはとても共感ができた。
佐村河内氏にとって、ひとりで作品を作ることは、
どうでもいいことなんじゃないかと思ったからだ。

彼がしたいことは、夢を大きく描くことであり、
自分の身を証明するとかいうつまらない低次元のことには
興味が持てない、というよりナンセンスな事柄、
と感じているのではないかな、、。

それで(それ以外のことには興味が持てなくて。
たとえ自分の身を守ることであっても)
あんなにも不利に見えるような言動をしてしまうんじゃないだろうか。



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この作品を見てから、YouTubeでの記者会見や、
NHKスペシャルで彼が特集されたやつ、




そして、記者会見で意味不明な質問をしていた
ライターの神山典士氏の本、
ペテン師と天才 佐村河内事件の全貌
神山 典士
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彼のゴーストライターをしていたという
新垣氏の本などを読んでみた。
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私には、この騒動において
何が問題とされているのか、
なにが「罪」であるのかがよくわからなかったからだ。

誰が被害にあったというのか??

全聾ということを利用して、
というのがよくないのだろうか?

本当に全聾かもしれないし、
もしかしたらそうじゃなくて、
少しは聞こえているのかもしれない。

それは『Fake』でも描かれているが、
周りの人にはわからないことだろう。
口を読む以外に、勘が良くて察知できる可能性もあるし。



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佐村河内守:魂の旋律~HIROSHIMA×レクイエム [DVD]


佐村河内氏の年表を見ると、
何者でもないところから、
突然大きな仕事を得ているので、
たしかに「耳が全く聞こえない作曲家なんです」
ということを利用していったのかもしれない。

でも、それがなにか?

彼に人を惹きつける異常な魅力があったことと、
そして、
それほど大きなことをやるという自信があったからこそ
人は彼に仕事をまかせていったのでは?


そんなにそれがいけないというなら、
耳がきこえないからかわいそうということだけで
人は協力していったということ?

もしそうだとしたら、そっちのほうがおかしいのでは?




彼のCDを買った人が騙されたというのなら、
じゃあ、彼が全聾の作曲家ということが魅力で
その曲を聞きたかったというだけなのだろうか?
だとしたらそれこそ差別では?
曲がよかったからなのではなく? 

それより以前に、
たかが数千円のCD買った人にそんなに被害なんてないだろう。

もちろん、レコード会社とか、
コンサートツアーをする会社は
途中でダメになってしまったから
大打撃があっただろう(それで佐村河内氏は訴えられているみたい)。

でもそれもこれも、
ライターの神山氏がペテンにしか見えないように
この問題を立ち上げたからなのでは?



:::::::::::::::::


このゴーストライター事件を明るみに出した
(新垣氏の会見を設定した)神山氏は、
佐村河内氏が障害者の子供達を利用しているという。

(だけど、その神山氏が佐村河内を知ったきっかけは、
神山氏が義手でバイオリンを弾く女の子のことを本に書いていたときなのだそうだ。
それについてはどうなのか?)

少なくとも、佐村河内氏は知り合った子供達に
あらゆるチャンスを自前で与え、
なんども家に泊まりに呼んだり、一緒に遊んだり、
悩みを聞いてあげたり、
彼らの演奏会があれば体調が悪くても
応援に行ったりしている。

こんなことを神山氏にはできるだろうか?
わたしだったら、そんなめんどくさいこと
どんな気に入った子供に対してでも、
もしかしたら友人に対してでさえできない。

子供達が喜ぶことをさせ、それを応援して、
それで自分においても何か興味のあること、
夢を大きく描くような楽しいことができるなら
一石二鳥ということも無意識にあったかもしれないが、
それのなにが悪いのだろうか?

まったくの無条件で子供達に興味を持ち、
奉仕する大人、
そのほうが不気味なのでは?
また、そんな大人はじつはどこかで必ず何か条件をつけて
見返りを求めるだろう。



神山氏の本を読むと
佐村河内氏が、愛情の見返りを
子供に求めているようにも見なくもないが、
それは見返りというよりは、
彼はただ本気で深く愛していた、
通常の人間には考えられないほどに
一人一人の子供を大切に愛しすぎていた、
(彼のファンタジーの中で)
という感じがした。




(なぜか神山氏の本に)書かれていることによると、
佐村河内氏は、そのバイオリン弾きの女の子と
師弟関係を結んでいたそうだ
(実印まで押して。これも彼のファンタジー?)。

彼女は、曲を書いてもらったり、
サントリーホールでのコンサートを
セットアップしてもらったり、
とにかくとても手厚く支援されていた様子。
あしながおじさん級のバックアップといえる。

しかし、その子が中学生になり、
好奇心が他のことにも向きはじめて、
バイオリンがおそろかになっていったことを心配して、
佐村河内氏が、バイオリンをやっていくのか、
それとも、真剣にやるのをやめるのか、
だらだらしてないではっきり決めなさい、
という内容をメールをしたことが神山氏の本に書かれている。

記者会見で、神山氏は
そのことをぐちぐちと攻め立てているが、
冷静に見ると、神山氏の言っていることはすごく変だ。



佐村河内氏は「きみの人生なんだから自分できめなさい」
と言った(と本には書かかれている。しかも彼を敵視している神山氏の本に)。

ただ、真剣にしないのであれば、
彼女のバイオリン人生に関してサポートはしないということだ。
それは当たり前なのでは?


佐村河内氏は、誰よりも、もしかしたら彼女の両親よりも
本質的に、長期的に彼女の人生を見て、
そして彼女と同列の視点で彼女のことを理解していて、
言っているように思える。

そのうえで、
クラシックの世界でプロになるならば、
そんな中途半端な練習ではダメだということ、
でも、一生懸命9年間、練習してプロになったら、
そのときには障害への同情ではなく、本当の音楽家として評価される、
と、佐村河内氏は言っていた。

これは、ゴーストライターをやっていた新垣氏も、
佐村河内氏の言っていることは正しいと言っていた。
クラシックの世界では、プロになるにはそのような厳しい覚悟が必要なことを。


わたしは小学生だったときの自分の気持ちを昨日のことのように思い出せるが、
12歳くらいの頃って、大人っぽいことが言いたいし、
本当の自分の気持ちとかなんてよくわからない、
ただなんかかっこいいことが言ってみたかったり、
何か自分が変わったんだということを外に示したかったりする。
そんな気分でうごく小学生のいうことを
大人が間に受けて、こんなふうに使ってしまったら
彼女は絶対に後戻りできなくなってしまうのでは?


神山氏は
「小学生の彼女の人生を、あなたが何の権利があって決めるのですか?!」
と言っていたが、
だれもそんなこと決めるなんてまったく言っていないし、
仮に「こうしなさい」言ってたとしても師弟関係なのだからいいのでは?
彼女と佐村河内氏が結んだ師弟関係というのは
そういう信頼関係のことなのではないだろうか?


そして、障害があることを利用するよう彼女に強要した、
とも神山氏は攻めていたが、

それは彼女の音楽を純粋に聞いてもらうための
最初の一歩にすぎない、
大きな計画の一部だということを
なぜ神山氏は理解できないのか?

それとも理解しているけど
この騒動を大きくするために理解しないふりをする必要があるのか。

佐村河内氏の見えているゴールは
障害を持つ人が奏でるからという理由ではなく、
あくまで本物のプロとして
みんなを感動させる音楽を奏でるところにある、
それは佐村河内氏のメールから感じ取ることができる。



わたしが思うのは、
神山氏がここでおかしなやりかたで騒ぎ立てなければ、
誰も被害になんてあったと感じないのでは、
ということだ。

彼女だって数年たって大人になれば、
一度彼から離れたってまた戻りたくなっていたかもしれない。
バイオリンをやめたとしても、
友人として佐村河内氏は彼女をまた翼の中に入れていただろう。

でも、神山氏のせいで
彼女はもう2度と誰よりも真剣に
話を聞いてくれる彼の元には戻れない。

そして、自分のペースでバイオリンを弾いていくといっても
いい先生を紹介したり、
あらゆるの面でサポートしていたのは佐村河内氏なわけだから、
プロは完全にあきらめて趣味でやっていく他はない、
それはどういうことなのか、
と気づいていくだろう。


いくら数回、神山氏ががんばって
コンサートらしきものを用意したところで、
佐村河内氏の彼女への熱量とは比べ物にはならない。
そのスケールだって違うだろう。


神山氏が彼女のことを持ち出して
過剰に騒いだことにより、
彼女は戻るところを失ってしまったのではないだろうか。


彼女の人生を、
それこそ強引に決定してしまうことをしたのは、
神山氏自身なのでは、と感じた。


そして、この一連の騒動で、
誰が一番得をしたかといえば、
神山氏本人なのではないかと思う。

(神山氏はこの記事「全聾の作曲家はペテン師だった!ゴーストライター懺悔実名告白」 を書き、大宅壮一ノンフィクション賞の雑誌部門で受賞した。上記のような冷静さに大きく欠けた内容を堂々と本にする人の記事が受賞するなんて、日本文学界もどうかしてる



問題の源を探るには、そのことで誰が得をしたかを見ればいい
と言っていたのは誰だっただろうか。


神山氏はこれにより三次元的には名をあげたように見える。
彼はもはやこの騒動に関して興味は失っているだろう。
いまごろは佐村河内氏に感謝さえしているかもしれない。




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ところで、なにより一番興味深いのは、
ゴーストライターをしていた新垣氏、
であることはまちがいない。

彼が、自分の名を出したいとは
まったく思っていなかったらしい
(本当にそうらしい)ということについてだ。

共作にしてほしいと頼んだことすらなく、
自分の名がないことに対して
恨んでいた気配すら一切ない。
と言うよりも、そこに不満を持ってはいなかったようだ。


最初の2回はギャラすらなく、
しかし佐村河内氏がその仕事をデカくやるために
自腹を切って膨大なスタジオ代などを支払っていることに
感銘さえうけて、偉いな、とさえ思っていたという。

その後も、ギャラの請求は彼からしたわけではなく、
佐村河内氏が、いままで出せなくて悪かった、次のは二百万でどうか、
と提案してくれたらしい。


このゴーストと神山氏が呼ぶやり方も、
こういうプロジェクト
(インスピレーションを与えるものがいて、それに基づいて実際に作る人がいて、ものができる)ととしてのやり方もある、
と彼は思っていたみたいだし、
私も、本当にそう感じた。

芸術の世界ではべつに普通なことなのでは?
そんなこと言ったら
マーク・コスタビとかファッションの世界とかどうなるんだろう?


:::::::::::


ここで重要なのは、
新垣氏は、
佐村河内氏と一緒に作った作品は、
彼の存在なしではできていなかっただろうと言っていることだ。

佐村河内氏からもらう指示書が、
クラシックのことを深く勉強している彼にとっては
どんなに稚拙なものであっても、そんなことはどうでもよく
作曲中にその指示書を手元に置いておく必要はあった、
と著書に書かれている。

それは、新垣氏にとって、
佐村河内氏の求めることがインスピレーションとして非常に重要であり、
曲が生み出されるためには必要であった、ということだと感じる。


:::::::::


新垣氏は、本の中で、
曲は佐村河内氏のためだけに作っていた
(彼が求めるものを作ることだけを新垣氏は目的としていた)
と書かれている。

それは、クラシックを勉強し尽くしてきた新垣氏にとって
邪道な曲だったとしても、
佐村河内氏が求めるならばそれを書いた、
ということのようだ。

鬼武者


そして、自分の名前では絶対に出せない
(クラシック界のあり方を知っている新垣氏にとっては出すのが恥ずかしい)
ベタなものでも、佐村河内氏の名前で出るわけだから、
その曲に対しての評価も責任も関係なく、
その下で好きなように自由に才能を泳がせていたとも言えるのかもしれない。
自分ひとりならば絶対につくらないようなやり方で。


(佐村河内氏が仕事をとって来なければ、新垣氏は彼なしの人生だった場合、
オーケストラに演奏してもらう交響曲なんて作ることはありえなかったそうで、
でも、佐村河内氏が求めるありえない長い交響曲を書いたことで、非常に勉強になったこと、そして、その指揮をさせてもらったことで非常に感激したこと、などが神山氏の本にも書かれている。)


::::::::::::::

新垣氏の本を読む限り、
新垣氏はこの騒動(?)についてはさほど本気で言及していない。

彼がなぜ本を出したかといえば、
今まで佐村河内氏と作ってきた曲は、
じつは自分の本領の部分ではないのだ、
ということを
クラシック界の一員として言わずにおれなかった様子。


いままで勉強してきた経緯が書かれていて
(これは事件のことだけを知りたい人には興味が持てない部分かもしれない)、
佐村河内氏の過剰なきらびやかなリクエスト
(一般に人にとってはクラシックだとしても新垣氏にとっては
ポップス(とまでは新垣氏は言っていないが)のようなもの)

に応えてつくったものは、自分の本意ではない、
だが、なぜか皮肉にも、
それが今の世界が求めているものだった、
ということが書かれている。

彼は、本の最後に、
これから、佐村河内氏と作った「交響曲第一番」を超える交響曲を作らなくては、
と本に書いていたが、Youtubeで検索してみたところ、
あった!



本には、その曲は佐村河内氏と作ったようなロマン派なものか、
もしくはもともとの自分らしいものになるかはわからないけど、
というようなことが書かれていたが、
素人の私が聞く限りでは、
佐村河内氏と一緒にやっていたラインの続きのように聞こえた。

それはまるで佐村河内氏へのラブレターのようである。

佐村河内氏の具体的な指示というインスピレーションはなくても、
新垣氏はいまだに彼のために曲を作っているかのようだ。

佐村河内氏は、
ものすごい磁力のインスピレーションを新垣氏に与えたということだろう。
それをだれよりもいちばんよく知っているのは、新垣氏なのだ、
と思う。

新垣氏は、佐村河内氏の不在が寂しいだろう。
恋しいかもしれない。


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少なくとも、佐村河内氏は、
新垣氏の受動的な人生を変えたと言えるのでは。


::::::::::::::




わたしがライターの神山氏の言っていることが
とんちんかんだなと強く感じるは、
まずなんといっても佐村河内氏のことを、
とにかくなんでもいいから名をあげたいエゴイスト、
または嘘つき、という認識で語っているところ。


私が見たところでの佐村河内守氏は、
そのような人だと感じなかった。

わかりやすい言葉で言うならば、、、

普通の人間では考えられない
超越した次元での
エンターティナーということ以外にありえない。

ふつうの人では考えられない
大きな夢を本気で叶うと信じている人、
そして、みんなにも夢を楽しんでもらいたい人。



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NHKスペシャルでの、失笑並みの演技も、
そのほうがみんなが喜ぶことを
彼は知っているからやっているだけで、
騙すというより、みんなのためにしていたと感じる。
これをおいしすぎる映像がたくさん撮れすぎたと
感じない、危惧しないでそのまま流すNHKのほうに問題があるだろう。



それに、もし、佐村河内氏が本当に傲慢なエゴの塊な人間であれば、
18年もつきあってきた新垣氏に対して、
神山氏の本に載っていたような
新垣氏を尊重する丁寧なメールの書き方はしないのでは。


普通の人間ならば、
18年も一緒にこのような作業をやっていたら、
新垣氏を自分の下請けをする人間、という認識になって
扱いは荒くなって当然だろう。


だけど、佐村河内氏の新垣氏へのメールは
まるで会ったばかりの人間に
丁寧に何かをお願いしている程の驚くべき低姿勢&丁重さがあった。

これは異常といってもおかしくないレベルの低姿勢であると思う。

::::::::::::


問題があるとすれば、
彼の信じている大きなファンタジーを
この世では誰も信じる力がない、
という話でしかないと思う。

そのズレが、彼を悪く見せているのだと思う。
そして、彼はそこにおいての弁明をするすべを知らないのだ。


彼は、
やがて世界で通用する音楽プロデューサーになる、
そうしたら新垣氏を絶対に引き上げてバックアップするから、
と言っていたそうだ。

新垣氏はそれを
バカ言って、くらいにしか思ってなかったようだが、
佐村河内氏は、本気でそこを一直線に目指していたはずだ。

だからこそ新垣氏にも、
その時点でがんばってもらわなければいけなかったのだと思う。
すべてはそこにいくためのプロセス、
ということを誰もわかっていない。


:::::::::::



佐村河内氏は、作曲家としてみんなに認められることが
そんなに重要ではなかったはず。

だけど、世界のプロデューサーという大きな夢のためには、
どうしてもその過程が必要だったということだ。

虚言癖と世間が言うのも、
その夢のためにやっていることでしかない、
ということを世間はわかってない。


新垣氏が二人のプロジェクトをやめなくてはいけない、
と感じた、
佐村河内氏がひとりで楽譜を書いている、作っている、
と演技していること、

それもぜんぶ夢のプロセスのためであり、
人を楽しませることであり、
佐村河内氏にとっては、エゴでやっていることではないだろう。
だからここまで馬鹿馬鹿しいことができるのだと思う。
(この境界が難しく、人は、なんて嘘つきなの!とか思うのかも)


:::::::::::


孤児院を作りたい、というのも、
本当に本気だと思う。

彼は子供達との交流がうまい。
まるでドラマの白馬の騎士のようなことを子供達にいう。
子供たちがそれをどうとらえているかどうかは知らないが、
彼は、彼自身のファンタジーの中で
本気で全身で子供達と接しているように感じられる。

しかし、ファンタジーと言っても、
彼はずーっとそのファンタジーの中で生きてきたわけであり、
彼の人生の全てであり、
それはちょっとやそっとで崩れるようなファンタジーではないのだ。

実際、彼はそのファンタジーを強く信じているおかげで、
いろんなチャンスを手にしてきている。

全盲と言っていないときでさえ、
第二の矢沢(永吉)として
レコード会社数社からスカウトされていたらしいし、
しかもデビュー直前に弟さんが亡くなり、
そのショックで広島に帰ってしまったことがきっかけで
話が立ち消えになってしまったらしい。

だけど、考えてみて。
本当にエゴ第一の人間ならば、
こんな成功の入り口に立った大事なときに、
広島にパッと帰ってしばらく出てこない、
なんてことをするだろうか?
普通の芸能人になりたい人間は絶対にそんなことしない。
親が死んでもしないかもしれないくらいだ。


:::::::::



私には、佐村河内氏の何がそんなにいけないのか、
この騒動(?)のあらゆる点をみても
わからないのだった。

ファンタジーの中で本気で生きている人間のお話、
それをふつうの人間の次元で語ること自体が
とてつもなく変なことになるのだと思う。

ただそれだけの話では?

人間は、佐村河内氏の
現実を超越した次元にまだ追いついていないのだ。




そして、宇宙は今、
神山氏という人間を使って、超低い次元に
佐村河内氏を引き落として一度失速させたわけだけど、
佐村河内氏のファンタジーは消えたわけではないだろう。
これから彼がどんな夢を見るのか、
見させてくれるのか、
とても楽しみ。




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2018年08月29日

絵が売れるという奇跡✨

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一昨日は記念すべき日だった😃✨

ありえないことに、
オオカミとチーターのスケッチを欲しいと言ってくれて
2枚も買ってくれた友人がいたのだ🙇‍♂️

本当にありがとうございます❣️

なんてありがたいことが起きるんだろうとドキドキした。

うれしくて、いい気になってまた絵を描いてしまった。


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オオカミの次に好きなキツネ。
だけどイメージ通りにはいかない😓

描いていて気がついたのは、
動物の目というのは、
常にとてつもなく落ち着いているということ。
描いていて、なんか違うなというときは、
大抵、目が落ち着いてない。


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買ってもらったチーターは、
キツネの前に描いたやつ。

チーターは、身体のバランスも、
顔のバランスも不思議。
難しすぎてタヌキのようになってしまった。

3回くらい途中でやめようかとおもったが、
一応最後まで描いた。

私はveganなのに、
絵を描くなら、草食よりも
肉食動物のほうに強い魅力を感じる。

危機感のある目つきがいいのだろうか。

BFは極楽鳥やお花を描いてみたらどう?とか言う。

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昨夜は、熊を描いてみようと思って、
Netflixでいろいろ熊を見てみたが、
目があまり好みではなかった。

やはり、虎とかオオカミとか狐がいいな。

キツネやオオカミは、
キレイじゃなくて、目つきの悪そうな
ひもじそうな顔してるとすごくいいな。

結局、またオオカミ🐺を描いた。

描きたい感じとちょっとちがうけど。


サクラクレパス クレパス 24色 ゴムバンド付き LP24R



この サクラクレパスで動物描くマイブームは
いつ終わるだろうか??

もうすぐな気がする。

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2018年08月26日

動物の大事な耳

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ゆうべは虎を描いてみた。

チャームポイントの黒斑がなかなかうまくかけなかった。

 動物というのは、耳が大事なんだな。

すべての音を残さずひろいあげるような耳。

そこに威厳がある。





posted by R (あーる) at 00:13| Comment(0) | クリエイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月19日

クレパスで絵を描く

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新宿の損保美術館でやっている巨匠たちのクレパス画展を見て、
ワクワクしてサクラクレパスを買って来た。

なのに今日までずーっと数日間、玄関に放置。




ジ・アメリカンズ 極秘潜入スパイ DVDコレクターズBOX


しかし、Netflix でやっている
『ジ・アメリカンズ』というドラマの中で、
死にそうな芸術家が
看護婦に化けて潜り込んできているスパイに、

”スケッチブックをひろげてマグカップを描きなさい、これはマグカップなんかじゃない、光と影でできているものなのよ”

とか、

”描く対象にのめり込むと、ふと、あることがわかる瞬間がある、そのために時間をかけなくてはいけないの、その瞬間のために”

とか、

命をかけて伝えているのを聞いて、
光と影で絵を描くってどんななんだろう!?とおもい、
とうとうサクラクレパスを開けてみた。


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高校のとき、
絵画教室でも先生に同じこと(光と影のこと)言われたけど、
高校生の私はなんにもわかっちゃいなかったし、
いまもわかってない。


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狼を二匹描いた。


狼の持つ、独特の純白さを出す才能やチカラが
私にはなくて残念だ。


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でも、狼の肌触りを感じて、
新しい狼についての発見もあって、
とっても楽しかったのだった。



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東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館でやっている『巨匠たちのクレパス画展』、おすすめです!きっと帰りにサクラクレパスを買って帰りたくなること間違いナシ!


入場料は千円。

2018年7月14日(土)〜9月9日(日)午前10時−午後6時 ※入館は午後5時30分まで


〒160-8338 東京都新宿区西新宿1−26−1

損保ジャパン日本興亜本社ビル42階


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以下、ほしかったものいろいろ。

まず、この復刻版にグッと胸を掴まれた!

サクラクレパス ほんとのクレパス 16色 復刻版 FP16
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クレパスって、クレヨンとパステルを合わせたもので、クレヨンとは別のものらしい。クレヨンのことをかっこよくクレパスと呼んでいるのだと思っていたけど、サクラクレパスの登録名なのだそう。他はオイルクレヨン。


巨匠の方々は、クレパスで描くことが本当に楽しいと言っていたそうだ。それらの作品は、一見、油絵にしか見えない。クレパスの概念が打ち砕かれました。

ハイクオリティバージョンのサクラクレパスも売られていた。
これを使うと巨匠のように油絵みたいになるのだろうか?


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このスペシャリストはもっとすごそう!むやみに欲しくなる、、。

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このツールも会場で売られてて、うっかり買いそうになりました。
でも、売店でサクラクレパスを買っていたのは私ひとり。
他の人は、みんなポストカードを買っていた。

サクラクレパス クレパス マスターツールキットN ESP-NMT
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これも売られていて、じっくり読んでみたいと思った。
クレパスを切ってナイフで混ぜたりして使うらしい。油絵みたいに。

クレパス画事典―基本からプロのテクニック・画材の基礎知識・名画集

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これが、会場に飾られていたけど、すごかった!九十周年記念で発売されたものらしい。

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posted by R (あーる) at 07:27| Comment(0) | クリエイト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月28日

昨日見た啓示的夢、そして根津甚八の本

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起きる寸前に見ていた夢。


わたしは、ミシンでシャツを塗っていた。

くねったカーブの袖を
身頃に縫い付けているところ。




「つなぐ」

「人生」




袖の、身頃とくっつけるために縫うところのカーブが
人の人生。




言葉にするのは非常に難しいが、

無理やり言葉にするならば、

人の一生は、
誰のどんな人生でも、
なにかに繋いでいる、
ということらしい。

(たとえ誰にも会うことのない
引きこもり中だったとしても、
影響を誰かに与えている)


その人が無自覚だろうと何だろうと、
必ずその人の人生は
生きているだけで
何かに繋いでいる

(この日本語が変なのはわかっているけど、
繋がっている、と表現すると、それはちがう。
繋いでいる、というのがここでは正しい)。

袖が身頃につながるように。

だから、
そのひとは知らなくても
繋ぐ役目を果たしている。


というようなことだった。
(あえて言葉にするならば)


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根津甚八
根津甚八
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根津 仁香
講談社
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そして今日は、
根津甚八さんの奥さんが書いた
「根津甚八」という本を読んだ。

俳優として最高な根津甚八が
右眼下直筋肥大にかかったり、
うつ病になったり、
車椅子にのらなくてはいけないほど腰痛になったり
人身事故で人を死なせてしまったり、
なぜにそんなにも大変なことが重なったのだろうかと思った。



上の夢のようなことなのかもしれない。


根津甚八さんの人生は
何かに繋いでいる。




この本の中で、
宇崎竜童が
演技をするときにしちゃいけないことを
根津甚八に聞いたときのセリフが
非常に興味深かった。

そこらへんの物を、小道具に使っちゃいけないよ」
そう答えて根津は続けました。
「たとえば、意味もなくコーヒーを飲んだり、意味もなくたばこを吸ったり、演技に慣れてない素人は、間が持たないからついそのへんにある物に手を伸ばしてしまう。そんなことはやらないほうがいい。
」根津仁香著「根津甚八」講談社 より引用

というのを聞いて、
宇崎竜童氏は、根津甚八の芝居を理解した、
というところ。
ミニマルがゆえのすごいリアリティを。


根津塾(根津甚八が1年間だけ開いた俳優になるための塾)の講義もぜひ本にしてほしい!根津甚八のすばらしい演技の秘密をもっとよく知りたいとみんな思うとおもう。


【LP】1979年・稀少盤!美盤!帯付き ・根津甚八/宇崎竜童・中島みゆき・大野克夫が心から惚れたレコード「ル・ピエロ」【検聴済:針飛びしない画像の商品】



それから、唐十郎との「赤テント」時代、
ひとつの芝居が終わり、
次の芝居を唐十郎が書き上げて根津甚八に渡すと、
じゃあ、今までの役はどうなるんですか、
と彼に聞かれたいうところも
おもしろいと思った。

彼の中で、終わってもなお
生き続けているキャラクターをどうすればいいのか?!
と聞いているらしいのだが、

唐十郎も困ったと思う。

お祓いして出てってもらって、
と言いたかったかも。




あと、特筆すべきなのは、
この本の中で脚本家市川森一さんが
青春の痛々しさを表現できるのは
根津甚八と水谷豊しかいない、
とおっしゃっていたこと。

確かに、根津甚八もそうだけど、
水谷豊のことも頭に思い浮かべると
胸がきゅーっとなる。
これはなんだろうと思っていたけど、
そういうことなんだ。

年をとっても
水谷豊氏と根津甚八氏は
ずっと青春のヒリヒリ感を持っている。




(この歌の「ねえ君、ぼくはこう思うのさ、」ということろでハートをグッと鷲掴みされる。カリフォルニアコネクションという歌もいい)



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本の内容とは関係ないが、
根津甚八さんのバイク仲間の
風間さんという方が言っていたことが
とても魅力的で頭に残った。

「バイクに乗るってことは、風の魅力や魔力に取り憑かれるってことなんだろうな」
って。





posted by R (あーる) at 03:58| Comment(0) | 見た夢 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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